果てしなく長い時間を経て、数多の困難を潜り抜け、遂に女神の生まれ変わりである小娘をこの手中に収めることが出来た。これでやっと、主人――人間共が終焉の者と呼んで畏怖した魔族の頂点――の復活という悲願を達成出来るのだ。

魔力で抑え付けているからか、小娘は暫くぐったりとして黙り込んでいた。抵抗する素振りも見せない。本当に彼女があの女神ハイリアなのか、と俄かには信じ難かった。これ程までに細く小さい身体で、あの強靭な精神力と統率力を抱えることが出来るのか、と、そんな事を考えながら静かに時の扉の中を歩いた。

しかし、過去へと繋がる道の丁度真ん中辺りに差し掛かったところで、彼女は小さく言葉を紡いだ。


「ギラ、ヒム」

「なんだ」

「何をするつもりなの」

「これからお前の魂を利用して、あの方を復活させる」

「どうして……」

「どうして?お前はあの方を消滅させたじゃないか。数千年も封印の苦痛に耐えて生きようとしたあの方を!」

「……そう、でしたね」


戦争ほど滑稽で、陰惨で、冷酷なものはない。

これは戦争の原因を生んだ魔族側の俺が言える立場ではないかもしれない。だが、あの日から数千年間ずっとなまえの言葉を考え続けてきた俺には、なまえが正しかったと思える。殺意が無かったとは言え、自らの手で司令官を殺してしまったなまえの願いが、あの方を完全に失ってしまった今、本当の意味で理解出来たのだった。


「自分にとって大き過ぎる、大切な存在……それが突然他人に奪われると、身を引き裂くような感情が押し寄せてくる」

「……そうよ」

「お前、ハイリアの頃の記憶は戻ったか」

「ええ」

「あの司令官を殺したのは魔族だ」

「…………」

「魔族を、恨んでいるか」


ぴたりと歩みを止めて、ハイリアの返事を待つ。恨んでいない訳が無い。あの司令官は彼女の恋人だったのだ。

太古の戦争が終結し、人間は空で、魔族は地上で暮らし始めた頃。俺はまず魔族の軍を解体し、数千年後に再び女神の魂が生まれるまで、自由に平和に生きることを指示した。多少の諍いはあったにしても、戦争の悲惨さを魔物なりにも理解したのだろう、争いの無い地上には豊かな自然が広がっていった。そして、あの方が封印されている森の中で、俺はなまえとふたりで暮らした。

恋人同士のような関係であったと思う。一人の男を殺してしまい絶望の底にあったなまえが、少しずつ生きる気力を取り戻していく過程を、俺はずっと隣で見ていた。彼女が魔族と人間の共存を謳い始めたときも。魔族であり続けることを望まなかった為に、魔力が衰退し、魔力の消滅とともに彼女が死んでいったときも。長い間なまえの傍に居たことで、形容し難い感情を抱いていることに気が付いたが、きっとこれが「愛する」感情なのだろう。ハイリアと司令官、――小娘と小僧を見ていると、なんとなく、そう思う。恋人を失う悲しみも、ある程度は理解出来る。


「恨んでいないわ」

「まさか」

「ただただ悲しかった。でも貴方たちを恨んだって彼は帰って来ないし、新しい争いを生むだけでしょう。とにかく戦争を終わらせて、そして二度と悲惨な殺戮がこの地に起きないように、……その一心で私は転生までしたの。この世でリンクと一緒に生きていられるなら、それ以上何も望まない。だからもう二度と彼を、リンクを奪わないで」


驚いた。彼女は毅然とした態度でそう言い放った。互いがこれ以上の争いを望まないのなら、もしかしたら、なまえの願いは叶えられるかもしれない。


「魔族と人間の共存」

「貴方たちが武器を捨て共存しようと願うなら、可能だと思うわ」

「俺ももう戦争は望んでいないんだ。お前に消滅させられたあの方を復活させられたなら、俺は武器を捨てる」

「嘘でしょう」

「俺はこれで終わりにしたい。小僧を殺す気も、魔族が支配する世界を作る気も無いんだ」

「……終焉の者も、それを望んでいる?」

「分からない、だが、俺の話は聞いてくれる筈だ」


あの方は、俺を生み出し、俺に存在理由を与えてくれた絶対的な存在。剣の精という不死身の命を、永遠に生き続けなければならない足枷だと感じたことは無かった。この命に感謝している。しかしもうあの方が望む戦争はしたくない。あの方が復活し、人間に復讐をしようと剣を――俺を手に取ったとしても、もうこの身で人間の命を奪いたくはなかった。

気付けば時の扉の目の前まで到達していた。この扉を開けば、数千年前の世界が広がっている。


「あの司令官が死んだのは事故だ」

「いきなり何を、」

「あいつに対する殺意は無かった。ただ魔力が暴発して、」

「…………」

「くそ、言い訳がましいな。別に信じなくたって構わない。俺はなまえの名誉の為に、お前に伝えただけだ」

「……なまえ?」

「なんだ」

「いえ、私の……ゼルダの、騎士学校での大切な友人と、同じ名前」

「まさか」

「でも、彼女に前世の記憶があるようには見えないわ」

「……そうか」


復活の儀式にお前を使う、と伝えると、小娘は小さく頷いた。全て上手く行けばいい。過去の地で、なまえが何処かで俺を見ているような、そんな気がした。
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