「脚を開け、ナマエ」
「ん、あっ……駄目、です」
「鳴け」


彼はこうして私を掻き抱く。優しい愛撫や甘い言葉等はもちろん存在しない。此処に在るのは「魔族長とその他大勢の魔族のひとり」という残酷な関係性と、鋭い瞳の奥で冷たく燃え盛る彼の欲望だけだった。





ところが私は、いつしか彼の鼓動が、体液が、体温が、私の中で存在感を肥大させている事に気付く。最初は只の欲望の捌け口でも構わない、むしろ気負う必要の無い楽な繋がりだと思っていた。しかし束の間の逢瀬を重ね、体内から彼の熱が去って行く瞬間に一抹の不安と寂しさを覚えるようになってしまった。私を求める彼に愛しささえ芽生える日もある。それでも行為が終われば、遠ざかる白い背に手を伸ばしても、触れる事は出来ない。「ギラヒム様」そう名を呼んでも彼は振り向いてはくれないのだった。

義務感と虚無感の葛藤に苛まれ、ある時私は彼に問いかけた。


「何故私を抱くのです」
「欲望に忠実なだけだ」
「……私の事は、どうお思いになっているのですか」
「魔族同士の性交の目的は生殖や愛情確認なんかじゃない、ただ快楽を得る為だろう。君もそれを心得た上でワタシの下で喘いでいるのではなかったかい」
「それは、」
「無駄な感情は排除しろ」


反論する間も無く、腕を強引に取られて冷えた床に押し倒された。指と指が絡み付く。彼の肢体に自由を奪われ、熱を帯びた息が直接鼓膜を刺激する。それだけで思考回路は止まってしまいそう、けれど私は、彼に初めての抵抗を見せる。


「やっ、離して……」
「このワタシが離すとでも?」


彼が分からない。彼はどうして私にばかり執着するのか、感情は無駄だと切り捨てながら私を絶対に手放してはくれないのは何故か。魔族の雌なら他にも吐いて捨てる程彼の手中に在るのに。この感情に何と名前を付けるべきかは分からないけれど、今はただ彼の望む儘に身体を預けたくないと思った。


「どうして、どうして私ばかり」
「何の話だ」
「貴方は感情は要らないと言った、なら何故私の身体に執着するのか教えてよ……相手が誰でも構わないのなら、他の雌を求めれば良いでしょう。これ以上、私を苦しめないで……」
「ナマエ、」
「……失礼します」


着衣の乱れを正し、私は足早に彼の下を去った。振り向く事は出来なかった。彼の足音は、しなかった。

身勝手な物言いをした、という事実は私が一番良く理解している。感情を不要とする彼にとってみればきっと相手なんて誰でも良かったのだ。彼には、私に執着している自覚は無かったかもしれない。私が勝手に彼に対する想いを募らせなければ、今まで通り、無機質な性行為は繰り返されていたに違いない。私がその事実に耐える事が出来なかったのは、きっと彼に対して「無駄な」感情を抱いてしまったから。なんて愚かなのだろう。肩を抱いて彼の熱を思い出しながら、微かに滲む視界を遮るように目を閉じた。





彼と夜を共にしなくなって暫く経ったある日、私は彼に呼び出された。彼の部屋に足を踏み入れると、普段あまり目にすることのないマントを羽織って、静寂を纏っていた。欲を剥き出しにした獣の瞳はそこには無い。今日の様子からして無理やり私を掻き抱く事はしないだろうが、こんなに沈着な彼は久し振りで、私は戸惑いを隠せなかった。

業務命令でしょうか、意に反して震えた声でそう問えば、彼は小さく首を横に振った。


「自分なりに考えてみたが」
「はい」
「確かに、只の道具ならば他に代わり等幾らでも在る……しかしまあ、どういう訳か、やっぱり君以外の女を抱く気には成れない」
「……貴方は私を」
「手放したくない、のかもしれないね。全く不思議じゃあないか。ワタシとした事が、何度も君を抱いているうちに「無駄な」感情を抱いてしまうなんて、思ってもみなかったよ……だが勘違いするな、ワタシの最終目的はマスターの復活」
「それで、構いません」


安堵感からか、なんとも形容し難い情けない表情になってしまう。そんな私を視界に捉えた彼は僅かに口角を上げて、「君が来たいのなら今晩部屋に来ると良い」と言い残して行ってしまった。彼は優しかった。この感情の名はまだ知らない、否、名前を付ける必要等最初から存在しないのかもしれない。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -