カカリコ村の小さな宿屋――我が家に、珍しく小さなお客様。わたしと同じくらいの年齢だった。精悍な顔つきで盾と剣を背負う姿は、誰が見てもそこらのハイラル兵より頼もしく映ったから、よく覚えている。

初めて彼がやって来たとき、わたしと彼は挨拶を交わした程度で、あまり仲良くはなれなかった。おはようございます、よく眠れましたか。お気をつけて行ってらっしゃいませ。覚えたての敬語で声をかけた。彼は山へ行くと言って、母が毎朝お客様のために用意しているサンドイッチを持って家を出た。何をしに行くのかは分からないけれど、危険な火山に向かうなんて勇気があるなあ、とわたしは思った。名前を聞くのも忘れてしまっていた。

二回目に彼がやって来たとき、わたしはすぐにあの時の彼だと気付いた。勇気を出して名前を聞く。リンク君。驚いたことに、彼はわたしの名前を知っていた。ナマエにお土産なんだ、と言ってわたしの大好きなロンロン牛乳も持ってきてくれた。その理由はなんだか曖昧で覚えていないけれど、それを機にわたしたちは仲良くなった。短い滞在の中で、彼はよく話をしてくれた。この間の山での冒険はどうだったとか、わたしの会ったことのないゴロン族、ゾーラ族などの話、禁断の森の話、……彼はわたしと同じような歳だと思えないくらい、ハイラルのいろんなことを知っていた。わたしは村のことしか詳しく知らないから、井戸や墓地にまつわる言い伝えや、風車小屋に住む不思議なお兄さんの話くらいしかできなかった。それでも彼は楽しそうにわたしの話を聞いてくれた。嬉しかった。

リンク君が再び村を後にするとき、わたしは寂しくて泣いた。必ずまた会えるよ、と指切りをして、遠ざかる大きな盾を見送った。そう言えば最後に彼は、意味深な、けれどもでたらめとは思えない言葉を置いて行ったのだった。


「ナマエ、これから先どんなに辛く危険な時が来ても、……必ず僕が助けに行くから。安心して、笑顔でいてね」


それは、懐かしい記憶の中の物語。





知らぬ間に七年の時を過ごした後、廃墟と化した城下町に言葉を忘れる程衝撃を受けた。ハイラルは一体どうなってしまったのか。回転の追い付かない頭で、コキリの森を出てからの記憶を必死に手繰り寄せる。すると無性に、カカリコ村は、ナマエは無事かどうかが気にかかった。可愛らしい彼女に、僕は一目惚れにも近い感情を抱いた。あまり話も出来ないままに精霊石を集める旅に出てしまったことを、後悔している。村への足取りを速めながら、どうか村だけは変わらぬ風景のままであって欲しい、そう願った。


「リンク君、無事だったのね!」
「ナマエ……!ナマエは無事?」
「平気よ、城下町にはもう入れないけれど……この村には魔物もいないしね」


宿屋に入ると、出迎えてくれたのはナマエだった。七年後のナマエは随分と落ち着きがあって、可愛らしいというよりも美しいと形容した方が適切だと思う。改めてナマエの笑顔を見つめると涙が出そうになった。僕にとっては一瞬でも、彼女にとっては七年間。そんな長い時間を経ても僕のことを覚えていてくれたのが、堪らなく嬉しかった。一度しか会ったことがないのに。


「ナマエ、よく僕のことを覚えているね」
「当たり前じゃない。ねえリンク君、わたし貴方がまた此処に来てくれるのを待ってたのよ」


ほら、とナマエは出窓に活けた花を指さす。僕に貰った牛乳の空き瓶をきれいに洗って、この宿屋を彩る花瓶として使っているらしい。リンク君がわたしの好物を知ってるなんてびっくりしたわ、でもあなたが帰ってきたらちゃんと返すつもりだったのよ、と。僕は彼女に瓶なんかあげていない。それから彼女は、また面白い話を聞かせて欲しいとか、ハイラルの歴史を勉強したからわたしも前よりは楽しい話ができるようになったとか、不思議なことを話し出す。困惑してナビィの方を見ると、「次に時の神殿に行くときは忘れないようにネ!」その言葉の意味に気付くのは、しばらく経ったあとのこと。


「ねえナマエ、今日はナマエにお土産があるんだ!」


それは、不思議な時渡りの物話。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -