よく晴れた日の昼下がり。揺れる木々の葉からちらちらと除く陽の光が、地に生きる草花を遠慮がちに照らしている。まるで森のような自慢の庭を、大きな籠を持ったリンクとナマエが歩く。目的の場所はすぐにわかる。庭に立つ木と木の間をロープで繋ぎ、そこへ真っ白になったたくさんの布を掛けたのだ。風になびく蝶々のような白は、背景の緑に美しく映える。リンクは、ナマエとの結婚生活はいつでも幸せに感じていたが、洗濯物を取り込むこの時間がいちばん好きだった。


「貴方、なにか私に隠してるでしょう」


ナマエは下ろした布をリンクに手渡しながら、唐突にそう呟いた。

ええ?と聞き返しながら、リンクは必死に記憶を辿っていた。僕がナマエに隠し事?まさか。彼女と出会って付き合い始めてから結婚するまで、一度だって彼女以外の女性に目を向けたことはない。ハイラル城の護衛兵としての仕事だって、毎日真面目すぎるほど真面目にこなしている。給料も少しずつ上がっているし、生活に不自由はないはず……だ。無駄遣いはもちろんしないし、城下町でのギャンブルもこの元の時代に戻って来てからは一度も――

「元の時代に戻って来てから」。この言葉が脳裏に浮かんだ瞬間、リンクはナマエにしている最大の隠し事を思い出した。もとより誰にも言うつもりはなかったから、隠している自覚もなかったのだが。


「…………」

「一緒に暮らしてみて、わかったの。リンクは確かに私を大事にしてくれているけど、本当は私じゃない、もっとどこか遠くを見ているような気がして」

「どういう、意味かな」

「この環境に満足していないでしょう?例えば、護衛兵の仕事とか」

「……僕は剣術も体術も好きだし、この仕事向いてると思うけど」

「それだけ剣術の才能があれば、そうね……違う時代に生きていれば、時代に名を残す程の剣豪になれるかもと思ったのよ」


そうだ。7年先を進む世界では、僕はきっと「勇者」として時代に名を刻んでいるに違いない。まだ年端も行かぬ自分が(身体だけは立派に成長した姿だったが)、悪に打ち勝ち、ハイラルを窮地から救ったのだ。そればかりか、この時代に戻った後、異世界で月に沈みかけていた街を救ったこともある。今度は歳相応の身体でだ。――しかしそれももう、遠すぎる昔のことだ。

リンクはこの隠し事をナマエに打ち明けるかどうか、暫く考えた。伝えたところで、それを真実なのかどうか裏付けるものはなにもなかった。オカリナを吹くか?しかしそれで完全に証明出来る訳じゃない。

風が吹き、揺れた葉がさわさわと静かに鳴った。静寂を破ったその音を合図に、リンクは数歩前に出て、ナマエに背を向けたまま口を開いた。


「僕、世界を救った勇者だったんだ」

「まあ」

「はは、驚くだろう?突拍子もない話だし……なにから世界を救ったのかも、この時代に生きていたら知る術もない。証明出来るものもない。どうかな?」

「素敵ね。続けて」


ナマエの穏やかな声に引き寄せられるように、リンクは振り向いた。ナマエは芝生の上に腰を下ろし、夫を真っ直ぐな目で見つめている。微笑んでいた。


「疑わないのか?」

「貴方は嘘をつかないし、嘘にしては壮大すぎるわ」

「ナマエ……」

「お願い。私も本当のことが知りたいの」


ナマエは真剣だった。自分に隠し事をされているのが苦しいのではなくて、隠し事をしているリンクが辛そうな顔をしているのが、苦しかったのだ。話をすることで、少しでも重荷が下りるなら。そう思ってのことだったが、予想以上にリンクの重荷は重かったらしい。リンクは、今まで誰にも打ち明けることの出来なかった栄光と葛藤を、初めて語る喜びに感極まって、静かに涙を流しながら話した。ナマエは彼の手を優しく握り、彼の伝説をひとつひとつ丁寧に聞いた。

風に揺れる緑と白の間で、日が暮れるまで、ふたりの話は途切れることがなかった。


それから1年程経って、ふたりの間に子が生まれた。父親に似てはっきりとした顔立ちと柔らかな金髪の、元気な男の子だ。あの日の緑と白の美しさに勝るほどの、髪の金と産着の白のコントラストに心を奪われ、リンクは唇を噛み締めた。それから一仕事終えてくたくたになったナマエに優しい口付けを落とし、たくさんの感謝の言葉を呟きながら頭を撫でた。


「ナマエ、生んでくれて本当にありがとう」

「ふふ。ねえリンク、しっかり鍛えてあげてね」

「えっ?」

「勇者の息子だもの」


この時代が平和であり続ける限り、この時代に「勇者」として名を刻む者は現れない。しかし、次世代から次世代へと、勇者の血は受け継がれていく。いつかまた、ハイラルが窮地に陥る時が来るとしたら。そのとき剣を取り戦わねばならない勇者の為に、勇者としての勇気と力と知恵を与えよう。それが、ここではないどこかで勇者として二度も名を刻んだことのある、僕の責任だ。

リンクは息子の柔らかで温かい頬をそっと撫で、背負うものの大きさに決意を固めた。窓の外に目を向けると、鮮やかな木々の合間から、なびく白い布が見えた。
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