沈んで、ゆく。

絡み付く鎖に全身の自由を奪われ、碇のように海底へ向かって沈んでいく感覚だった。 焦点の定まらない瞳で水面に揺らぐ光を見つめるけれど、ああ、光が遠ざかっていく。まるで無限奈落。深手を負っているのに痛みは覚えず、いよいよ「死」という言葉が脳裏をちらついたりもしたけれど、薄れてゆく意識の中でただひとつ、彼の存在だけが心の片隅に残ったままだった。




「不埒者が」


意識を取り戻すと、そこはもう底無しの闇ではなかった。


「……生きてる」
「俺が助けなければ死んでいたな」


ふん、と鼻を鳴らして彼は背を向けた。

先程の戦闘でわたしは、あの少年――否、あの女神の力を宿した剣に敗れたのだった。 遥かな昔、わたしが剣を交えた相手とは比較も出来ない。あれは間違いなく彼の主を封印した恐ろしい力。

砦を崩されてしまった。彼を、守れなかった。


「貴方も、あの剣と?」
「以前より威力を増していたが、所詮小僧は小僧だ、大した傷じゃあない」
「申し訳ありませんでした」
「何の為に傍に置いていると思っているんだ」
「……ごめん、ギラヒム」


不機嫌に歪んだ顔を寄せて、それでいて頭にぽん、と乗せられた彼の手はまるで人間のように暖かかった。マントを翻して立ち去る彼の背中を見つめながら、こぼれそうな涙を堪える。こんなに情けない顔は彼には見せられない。魔族のくせに、感情表現だけは人間よりも優れているかもしれない、と思った。


「ああ、もう」


自分の弱さが歯痒い。彼の為に強くなりたい。彼が彼の悲願を達成するその日まで、絶対に死ぬことは許されないのだった。彼の主が女神に封印されて間もなく、彼にそう言われた記憶がある。絶対に傍を離れるなと。それから、文明が栄え、戦禍に巻かれ、衰退する程気の遠くなる時間を共に歩んできたわたしたちの歴史を、これからも綴っていかなければならない。


「早くしろ、ナマエ」


血の滲む傷口は無視しよう、わたしは彼の後を足早に追いかけた。
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