愛を失った一輪の花は、萎れ散りゆく運命。例えどんなに望ましい光が、環境がその花を包もうとも、輝きながら咲いていた頃の美しさを取り戻すことは出来ない。枯れてしまえば二度と生き返らないのだった。

この大地にも人間の声が聞こえるようになって、どれ程の時間が過ぎただろう。


「行くのね」
「必ず帰ってくる」
「約束よ」
「ああ」
「もし、貴方が……魔族が勝てば、私は」
「心配するな、ナマエは俺にとって、大切な存在なのだから」
「ギラヒム!」



あの日、私と彼が最後に交わした言葉は、今でも鮮明に思い出せる。愛を語らう余裕もなく戦場へ向かった彼の様子から、これが遂に最後の戦いになるのだろうと覚悟はしていた。暫くすると、この大地からは魔族の気配が消え、人間が暮らすようになった。しかし、彼は約束を破った。未だ私のもとへは帰ってきてはくれない。

人々は口を揃えて私に言う、「平和になって良かった」、「魔物がいなくなって安心して暮らせる」。確かに魔族は人間をすべて殺し世界を支配しようと企てていたのだから、人間にとって魔族の消滅は喜ばしい事。人気のない路地裏で襲い掛かる魔物にもう怯える必要もない。私にとっても、現在の世界の方が住み良いのは明らかだった。それでも私の心は晴れない。人間も魔族も関係ない、私はギラヒムさえ一緒にいてくれれば、只それだけで良かったのに。

彼が見せた表情や優しい体温を思い出すと涙がこぼれる。心も身体も、ずっと彼を覚えている。


「ギラヒム……何処なの」


深い悲嘆の海に溺れ、生きる意味さえ失いかけていた日々。しかし、彼の亡骸を直接目にした訳ではない、もしかしたら何処か遠い地で変わらず暮らしているかもしれない。再び彼と時を共にすることが出来るかもしれない。その一縷の望みに縋るように、私は歩き続けた。誰の助けも借りず、彼が与えてくれた愛だけを希望の光として。

幾度となく季節は廻った。彼についての情報が一向に得られないまま、彼と過ごした時間を永遠のように崇めながら、大地を巡った。





人々に忘れ去られたかのように佇む美しい神殿に辿り着いたのは、ある春の日のこと。

重い扉を開いて内部に入ると、柔らかな日差しが葉の間から漏れ、何故か優しい気持ちになる。私の足音だけが静寂に響き渡った。何かに吸い寄せられるように神殿の最奥部へ足を進めると、一本の剣が台座に安置されていた。剣――剣に宿る身であった彼のことを思い出す。外に大きな女神の像があった、きっとこの神殿は女神と共に戦った剣を祀るものではないか、と私は思った。もし魔族が勝利していれば、彼がこうして祀られていたのではないかと空想して、思わず笑みがこぼれる。

私は何気なく、目の前の剣にそっと、触れた。


「……ナマエ?」


その瞬間、私は聞き覚えのある声を耳にした。


「ギラヒム?」
「ナマエ」
「ギラヒム!何処なの!」
「此処に居るさ、」


周りを見渡しても彼の姿は見えない。彼の名を嗚咽混じりの情けない声で叫びながら、ふと視線を目の前の剣に移すと、彼の笑い声が聞こえた。私の好きな、静かな笑い方だった。


「この剣に封印されてしまって、今はナマエの前に姿を見せることが出来ない……すまない、約束、守れなくて」


私は剣を引き抜こうとする、しかしどんなに力を込めても剣は全く動かない。「この剣は勇者にしか抜けないようだから仕方ないさ」声色から彼が今どんな表情で話しているか、私には分かる。彼の姿は見えないし、彼と共に大地を歩くことはもう出来ないかもしれない。剣に触れても彼の体温は伝わらない。それでも確かに、彼は此処に生きていた。彼のいない時間は酷く長いものだったけれど、大きい筈のその穴は彼が、幸せが、愛が一瞬で埋めてしまった。


「愛しているわ」
「俺もだ」
「ずっと、一緒にいられるね」
「ああ」


私はようやく永遠を手に入れた。
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