「ああ、またこんなに傷作って。綺麗な身体が台無し」
「うるさい」
「心配してるのよ」


生々しい剣の跡にそっと触れると、押し殺したような声が彼の口から漏れた。痛みに耐える為に歪められた彼の顔は、私の心をも苦しめると同時に、魔族でありながら人間と変わらぬ感情を持つことへの安堵感ももたらす。普段は冷静を装い感情表現の少ない彼だからこそ、たまに目にする表情が狂おしい程に愛しいものになる。


「痛いでしょう」
「こんなの掠り傷だ」


意地を張る彼に思わず笑ってしまう。彼の冷たい視線すら愛しい。

傷の手当てをしながら、以前よりも激しい戦いだったと容易に推測できた。彼の相手も徐々に力をつけてきている。双方が成長し全身全霊で剣を交える時こそ、最終決戦となるのだろう。徐々に時は満ちている。その事実を改めて突き付けられると、漠然とした不安が波のように押し寄せて私を捕らえた。


「ねえ、ギラヒム」
「何だ」
「……貴方はどうして戦うの?」


彼の返答など最初から解っている。「言わないで」そう呟いてから、彼の唇を自分のそれで塞いだ。熱を帯びた吐息が重なる。

契約も自尊心も運命もかなぐり捨てて、ずっと私と一緒に生きていて欲しい。なんて、彼に本心を伝えられる筈も無かった。彼と人間の私とでは生きる世界が違う。彼を想い、彼の目的が成し遂げられる事を願うのは当然のこと、しかし達成されようがされまいが、この戦いが終われば私は彼と一緒には生きられなくなる。

こうして彼の体温を直接肌で感じている時間だけは、私はただの幸せな女でいられる。束の間の永遠を繋ぎ合わせて生きて、やがて訪れる未来から目を背けることしか出来ない。それでも傍にいたいから、私は逃げない。


「ギラヒム」
「ナマエ、今日はどうした」
「………」
「俺はちゃんと此処に居るだろう、少し落ち着け」
「ギラヒム、行かないで」
「行かないよ」


愛とはなんて美しく儚いものなのだろう。今はただ時計の針を止めて、少しでも彼と過ごしたい、そう思いながら彼の腕に身を委ねた。
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