近所に住むジャンク屋のおっちゃんが、ある日突然、見たこともない不思議なものを店に並べていた。美しい水晶玉、色鮮やかに咲く花、球状に固まった草。どれも私の目を引くものばかり。特に、喋る土偶のようなロボットが可愛くて、私は一目で気に入った。早速貯めたお小遣いのルピーを握り締めて店に向かうと、「悪いがそれは売りもんじゃねえんだ」と断られてしまった。諦められない私は、おっちゃんに聞いてみる。


「そのロボット、何処で手に入れたの?」





意識を取り戻したとき、私は牢屋の中にいた。檻の外から聞こえる魔物らしき声は、ここが明らかにスカイロフトでないことを物語っている。落下時の衝撃だろう、全身がずきずきと痛む。

おっちゃんはロボットを大地で拾ったと言った。「ここからずーっと真っ直ぐ飛んで行くと、判り辛いが雲海に小さな隙間があるんだ。そこをフルスピードで降りて行けば着く筈さ!」しかし、実際の隙間は思ったよりもずっと狭く、垂直に降下しても雲に追突してしまう。視界は雲のせいで真っ白。下へ下へと進んでいる感覚はあるものの、一向に雲を抜ける気配がない。これは、騙されたかな……そう思った瞬間、視界が開け、眼下に鮮やかな景色が広がった。あまりに突然のことだったため、段々と地面が近付いてきてもショールを開く準備が出来ず、焦るうちに意識を失ってしまったのだった。目立つ外傷もなく、無事に生きているのは幸いだったが、私をここまで運び捕らえた者がいると思うと背筋が冷やりとする。


(とにかく、早く外に出なきゃ……)


身体を起こして、檻の外をそっと覗いた。すると目に入ったのは、真っ白な衣服に身を包んだ人間――実は人間ではないのだがこのときはそう思い込んでいた――だった。男は何かを口遊みながら不思議な動きをしていたが、そんなことは気にも留めず、私は檻の中から声を掛けた。


「何、踊ってるんですか?」
「復活の儀式だ」
「………」
「お前、目が覚めたのか」


男が近付いてくる。段々と感じ取ることが出来るようになった男の気配は、人間のものとも魔物のものとも違うような気がした。人間?そう問えば彼は首を横に振った。じゃあ、魔物?彼はまた首を横に振る。他の選択肢が見つからなかった私は、それ以上追及しないことにした。真実を知るのが怖かったのかもしれない。


「空から人間が落ちてきたと思ったら……文字通り只の人間じゃあないか、道理で儀式が上手くいかない訳だよ」


ため息交じりにそう呟いた男は、私の眼前の檻に右手を伸ばしたかと思うと、檻を一瞬で消してみせた。驚き声も出せない私を見て男は笑う。


「魔族の力を見るのは初めてか?小娘」
「魔族……?」
「さ、関係無い人間はワタシとしても迷惑なだけだ、空に帰りたまえ」


どうやら私は解放されたらしい。

男は足早にこの場を去ろうとする。しかし、私はおっちゃんに空への帰り方を聞くのも忘れていたし、大地を訪れた目的も果たしていなかった。魔族という言葉は聞いたことがないが、大地で気を失った私を助けてくれたも同然なのだから、きっとあの男は悪い人ではないのだろう。「待って!」深慮せずに口をついて出た言葉は、私の人生を大きく変えることになるのだが、この選択も今では間違ってはいなかったのだろう、と思えるから良い。


「私も連れて行って!」





「ギラヒム」
「何だ」
「今ね、昔のこと思い出したの。貴方と初めて出会った頃のこと」


もう十年近くになる。連れて行って欲しいと頼んだとき、最初は当然断られたものの、貴方がいないとひとりぼっちになってしまうと訴えたら「今後数百年は女神が生まれる気配もないし、戦争も起きないだろう……暇だから付き合ってやる」と了承を得た。それからずっとギラヒムと一緒に旅をし、暮らしている。ちゃんとラネールの機械亜人たちに会わせてくれたり、案外彼は魔族長にしては優しいというか、義理堅い男だなと思う。

結局スカイロフトへは帰っていない。一度だけ、ジャンク屋のロボットが私を探しに大地に来たことがあったが、楽しくやっているから心配しないでくれ、という旨の手紙を渡して、それっきり。スカイロフトの皆には、きっと私が無事に暮らしていると伝わっているだろう。


「あの頃のナマエは可愛かったな、穢れを知らない子供は好きだ」
「え、今は?」
「可愛くないなんて言ったか?」
「意地悪」
「素直じゃないな」
「……そういうとこ、好きだよ」


彼が悲願達成の為に努力してきた時間に比べれば、私の存在なんてちっぽけなもの。それでもせめて、私が生きている間だけは、二人でずっと平和に暮らすことが出来ればいいな、と願っている。
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