「ナマエ、面白すぎ」
「うん……自分でもびっくり」


放課後、ナマエとリンクは空の散歩を楽しんでいた。二人を乗せた紅鳥は、雲海の上を滑るように羽ばたく。

今日は真面目なナマエにしては珍しく、窓の外を見ながら上の空で講義を聞いていたのがホーネルに見つかり、怒られてトイレ掃除を命じられたのだった。ナマエが勉強に集中出来ないのはリンクの所為だった。

ナマエがゼルダに会いに行った後、リンクに正直な気持ちを打ち明けようと決心してからもう三日になる。リンクにはっきりと告白された訳ではないので、確証が持てないナマエはなかなか勇気を出せないでいた。言葉にすれば至極単純な二文字なのに、それは自分を取り巻く環境を一変させてしまう程の力を持つ二文字。言い換えれば、伝えなければ状況は一向に変わらないという事。


「手伝ってあげたのに」
「私の罰だもん」
「しかし長い掃除だったな」
「だって、リンクが幽霊の手が出るとか言うから!」
「よしよし、よく頑張りました」


振り返って、ナマエの頭にそっと手を乗せたリンクは、ナマエの柔らかい髪の感触を楽しむように撫でた。なんて愛しい人。リンクは思わず顔が綻ぶのに気付いて、照れ隠しをするようにすぐ前を向いた。

リンクにとって、最初は同期のひとりでしかなかったナマエは、いつしか彼の最も大切な存在になっていた。幼馴染みのゼルダとナマエの仲が良い事がきっかけで、よく一緒に食事をしたり、放課後の教室で勉強するようになった。リンクとナマエも仲良くなった。ゼルダが見つからず苛立ちと焦りが募り、大地でひとり傷を負っても誰にも頼れぬ辛い日々。そんなリンクを笑顔で送り出してくれたのはナマエだ。リンクが大地での経験を何でも話せるのは、ナマエだけだった。リンクが唯一心休め、落ち着く事が出来る場所。リンクが大地で戦う理由は、幼馴染みのゼルダを助ける為だけでなく、ナマエの生きる世界を守る為だった。

暫くは無言のままの飛行が続いた。雲海に開いた穴に近付く度、ナマエもリンクもそれぞれ大地へ、ゼルダへ思いを馳せていた。

大地で冒険をしていた頃のリンクは、穴が近くなるとダイビングの準備の為、勝手に身体が動いていた。しかし今は動かない。普通の少年には抱えきれない程大きな運命を背負い、世界の為に全身全霊をかけて戦った日々はもう終わった。リンクが今まで生きてきた時間と比較すれば、大地を駆け回った時間はほんのわずかなもので、やがてまた元の生活に戻っていく。寂しい気もするけれど、それが自分にとって、周囲の人間にとって最善の選択だとリンクは思っていた。ハイリアの生まれ変わりであるゼルダの伝説は大地に語り継がれ、勇者リンクとしての誇りは自分の中にずっと生き続ける、それで良いのだった。

沈黙を破ったのはナマエ。


「リンク」
「どうしたの?」
「あのね、私……リンクの事、好き。ずっとずっと一緒にいたい」
「………」
「リンク……?」
「え、やばい、可愛すぎでしょ」


リンクは思わず両手一杯にナマエを抱き締めた。一瞬で視界が遮られナマエは驚いたが、背に感じるリンクの掌の熱が心地良くて、まるで夢の中に浮いているようだった。吹き荒ぶ風の音も、頬に感じる冷たい風圧も消えてしまった。二人だけの世界を背に感じ取ったのか、リンクの紅鳥はゆっくりと速度を落とし始めた。


「ありがとう、ナマエ。いま僕、世界一幸せだと思う」
「やだ照れる」
「ナマエ、好きだ!」


傍にいたくて堪らなかった大切な人が、こんなに目の前にいるという事実を、ナマエもリンクも未だ信じられないでいた。嬉しさが込み上げ溶けそうになる顔を見合わせて、二人で笑った。これからどんな未来が二人を待っているのか、否、どんな未来を一緒に築いてゆくのか。期待に胸膨らませ、ナマエとリンクは寄り添うようにスカイロフトへと戻っていった。





ナマエやリンクをはじめとするスカイロフトの住人達の多くは、依然として空に暮らしている。しかし、大地の存在を知って興味本位で訪れる者、大地について研究する者、大地の住み心地の良さを知って暮らし始める者、――様々な人間の姿をゼルダは大地で目にするようになった。大地に降り立った人間はやがて様々な地方を往来し、様々な亜人達と出会い、共生してゆくだろう。それは本来在るべき大地のかたち。


「運命は時として残酷なもの……けれど、最も正しい道なのですね」


ゼルダは、ハイリアの頃の記憶、大地で多くの命が平和に暮らしていた過去をそっと思い描き、同様に平和な未来が訪れるようにと願いながらハープを爪弾く。共鳴する弦の声は、風の音に乗せて何処までも響き渡った。
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