ナマエは大地へと降り立った。大地を訪れるのは二度目だが、やはり滞空時間の長いダイビングにまだ慣れない。すこし眩暈を覚えた。いつもは全方位を覆う空も、ここからは見上げる事でしか確認出来ない。優しい風、小さな鳥、音を立てて葉を鳴らす森。ナマエにとって新鮮なものばかりがここにある。だけどやはりスカイロフトで暮らすのが私には一番だ、と改めて思った。
懐かしい姿を見つけ、ナマエは声を掛ける。
「ゼルダ!」
「……ナマエ!久し振り、来てくれたのね!」
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大地での生活は空での生活と大分勝手が違うけれど、憧れの地で暮らすのは楽しいし、毎日が驚きと発見の連続なの。そう話すゼルダに、ナマエも引き込まれていく。
ナマエとゼルダは親友同士。騎士学校の同期として共に暮らし、一晩中二人で話をして過ごす事もあった。優しく聡明な彼女はナマエの目に魅力的に映り、加えてリンクの幼馴染みという立場が、ナマエの羨望の的でもあった。
ゼルダの話を聞きながら、ナマエは先日の教室での出来事を思い出す。もしリンクの言葉が彼の本心なら、彼の気持ちはナマエに向いているのかもしれない。確信は出来ない、淡い期待に過ぎないけれど。ナマエは、リンクの問いに返事をする前に、一度大地に暮らす友人と話がしたかったのだった。
唐突に口をついて出た言葉は、風の音が止んだ世界に小さく響いた。
「……ゼルダは、もう空へは帰らないの?」
「ええ」
「ゼルダ、リンクの事好きなんでしょう。それで、良いの?」
ナマエはいきなり核心を突いてしまった事を悔いた。しかしそんなナマエの性格を良く知っているゼルダは、ナマエらしい質問ね、と微笑んだ。さあさあと木々が鳴る。ゼルダはすこし深呼吸をしてから声を出す。
「幼馴染みってね、結構親密な間柄なの。小さい頃からずっと一緒にいるから、一緒にいる事が当たり前になっちゃうのよね」
「……凄く、羨ましい」
「ううん、私は、幼馴染みなんてなりたくなかった」
ナマエは予想もしなかったゼルダの言葉に戸惑いを隠せない。ナマエが憧れ羨み欲しがった立場は、ゼルダにとっては要らないものだったのか。
ゼルダは言う。確かに仲も良くて一緒に過ごす時間は多かったけど、幼馴染みは家族のような存在。家族に向く愛と恋愛感情は違うでしょう、だから私もナマエみたいに、リンクの恋愛対象に成れたら良いなとずっと思っていたの。ナマエが羨ましかった、と。
ゼルダの目には、明るく快活なナマエが魅力的に映っていた。ナマエは気配り上手で、リンクやゼルダとだけではなく、最初からバド達とも仲が良かった。ゼルダは素直に凄いと思っていた、自慢の友人だった。そして、運命が敷いたレールに従わざるを得なかったとはいえ、ただリンクに守られる事しか出来なかった自分が、ゼルダは嫌いだった。リンクの旅の疲れを癒していたのは、ナマエや、スカイロフトの仲間であった事も十分理解している。
「………」
「私はリンクが好きだった。でもリンクは最後まで、私を幼馴染みとしてしか見てくれなかった……私を救うために危険を冒したのも、私のためじゃない。私を救う事が世界のため、ナマエのためになるから」
「……ゼルダ、」
「世界に平和が戻ってすぐ、私質問したの。私はこの大地で暮らしたい、リンクはどうする?って。彼は空へ帰ってしまった」
「………」
「リンクが好きだから一緒に暮らしたい、って言えば良かったかなって、ちょっと後悔してるんだ」
「今からでも、伝えるべきよ」
「結果は変わらないわ、彼が一緒にいたい人は空にいるって事なのよ」
ゼルダは微笑みを崩さなかったけれど、ナマエにはそれが寂しさを孕んだ笑顔に見えた。ナマエがずっと感じてきた辛さも、ゼルダの辛さ、強さを前にして霧散してしまったようだった。涙を堪えた顔を二人で見合わせ、変な顔だねと言って二人で笑った。
「ナマエだってリンクが好きなんでしょう」
「……うん」
「幼馴染みだからこそ、リンクの気持ちも良く分かるの……幸せになって、ナマエ」
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必ずまた会いに行くね、とゼルダに伝えてナマエは大地を後にする。遥か昔、世界を平和に導いた女神の生まれ変わりだとしても、やはりゼルダには敵わないとナマエは思った。これからもずっと、彼女は大切な友人。追い風に乗って空に戻る途中、遠ざかっていく森の景色を目に焼き付けようと、ナマエはずっと目を開けていた。
乾いた風の所為か、ナマエの目からはちいさな滴が零れた。