濁葬 | ナノ






死体は、どうやら薄汚れた路地裏で発見されたらしい。
アンデスの誇り高き戦士が聞いて呆れる。よくもまあ女を侍らせて得意げになっていたものだ。一緒にいたはずの女どもはまんまと逃げおおせたのか、それとも捕まり連れていかれのか、今となっては知るすべがない。というか単に興味がない。死因は血の流しすぎか頭をぶん殴られたからかのどっちかだ。個人的には失血死であったことを願う。脳震盪はダサい。なんとなく。


耳を素通りした聖歌が遥か遠くでわんわんと鳴っている。俺には手の届かないそれが唯一の希望のように思えた。棺は花に埋没している。いっそ滑稽なほど悲痛な表情を顔面に貼付けた人間が、辺り一面を占領していた。おかわいそうに。まあ確かにそれはそうだ。葬儀はいつだって悲壮感を漂わせているものと決まっている。俺は端から順にそれを眺めていって、そしてあるところで意識は止まった。鼻先を真っ赤にしてぐずぐずいっているエステバンの隣、深緑の、海藻みたいな髪の毛だ。母なる大地を彷彿とさせる褐色の肌と、皮膚の下を脈々と波打つ血潮の瞳を併せもっている。その男は、個性が溶けた群衆の中で唯一自己を保ったままのように見えた。テレス、俺達のキャプテン。奴は無表情だ。泣いてもいない。悲しんでいる風にも見えない。あえて言うなら退屈そうだ。おいおい友人が死んだってのにそりゃねーだろ。まあ別にどうでもいいけど。テレスにとって所詮その程度の仲だったということだ。殊更嘆くようなことでもない。

ぼんやりしていたらいつの間にか祈りも説教も終わってしまったらしい。ぞろぞろと群れをなして移動する参列者に流されて、墓地の外れにたどり着いた。空が妙に白っぽい。晴でもなく雨でもなく、今生の別れを詩的に表現するにはどうにも中途半端だ。細い樹木がひょろひょろ生えて頼りない。掘り返された地面が土色を晒している。死体の詰まった箱は今からそこへ降ろされ、そして二度と日の目を見ることはない。
ゆっくりと穴底に押し込まれた棺を埋めるため、背の曲がった墓守りがせっせと土を放り込んでいく。のっぺりと白い棺を汚すことに、一切の躊躇はない。徐々に見えなくなっていくそれには、なんの感情も湧かなかった。どうせ最終的に人間はどいつもこいつも等しく死ぬ。俺は少し変な気分だった。なんだ、俺はこんなに無感動な野郎だっけ。思ったよりも心が摩耗しているのかもしれない。人間だし。
それから、すっかり地面は均された。予想以上にあっけない最期だ。墓石と刻まれた文字がなければ今この瞬間、死体は存在しないも同然である。名前も知らない参列者は一人、二人とその場を離れていなくなった。長居をするような場所でもない。むしろ早くいなくなって欲しかった。この場において、俺は完全なるイレギュラーなのだ。
なあテレス、頼むからお前も帰ってくれ。たった一人、テレスだけが帰らずにいた。何が面白いのか、相変わらずつまらなさそうな眼差しで均された地面を見ている。いや、地面ではないのかもしれない。地面のその下の、たった今埋められた棺の、その中の。

「    」

俺、つまり今や血の止まってしまった土の下の哀れな男に向かって、テレスはそう言った。言葉はすぐにひゅうひゅうと半死人の息遣いみたいな風に攫われて消えてしまったが、十分な意味を持っていた。なんでか、酷く胸が痛い。肺が締め付けられるように苦しくて、うまく息が出来ないのだ。俺にはもう痛むべき肺も酸素を必要とする器官も、なにも残ってはいないはずなのだけど。

結局それだけ言い残してあいつは踵を返した。最後まで泣かなかったし、取り乱しもしなかった。生前、勝手な対抗意識を燃やし、どうにかしてあいつの裏を掻いて出し抜きたかった俺はほんの少し落胆したが、それよりも大きな充足感があった。あいつは俺の期待を裏切らない。それでいい、それでこそだ。感情に流されず、軸はぶれない。外圧に屈さず、ヒーローでもないのにいつも美味しいところだけを持って行く。
俺が妬み嫉み憎み羨み憧れ愛した、テレス・トルーエはそういう男だ。



濁葬

2010.11.19
for葬式様 from猫舌

 

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