『たでーまー。沢田ちゃんとイイ子で待ってたかー?』
「子供扱いしないで!」
「おっじゃましまーす」
「失礼します」
「あ、松浦くんと安達くんも…」

鍵の開く音がしたので月岡だろうと出迎えに行けば冒頭のセリフ。確かにまだまだ子供だが大人しく待つぐらいのことは出来る。だというのにまるで小さい子のように…。冗談なのか本気なのか分からずもやもやした。

「2日ぶりです沢田さん。ちゃんと傷の消毒はしてますか?」
「あ、はい。包帯とか巻くのちょっと大変ですけど…」
「あー嵐は手伝ってくれないもんなぁ」
「うん…」
『オイこら、何人を人でなしみたいに言ってんだ!』

だってそうじゃないかとは口にしないが3人とも思ったことで。その雰囲気を感じ取ったのか月岡はムッとし1人リビングへ行ってしまう。
しまった、機嫌を損ねてしまっただろうか。世話になっている身で少し調子に乗りすぎたか、とハラハラとしていれば両肩をポンと2人に叩かれ。これは何だ、励ましているのか。
だとしたらヤバいんじゃ… というツナの不安は無用のモノとなる。

「気にしなくていいですよ沢田さん。向こう行ったらきっといつも通りですから」
「えっ、でも…」
「この程度の悪ふざけが通用しない相手じゃないから大丈夫!」

そうだろうか。
月岡と自分は知り合って日が浅い。それ程濃密な付き合いをしたワケでもない反対にこの2人は知り合って数年が経ちそれはもう濃いぃ付き合いをしてきた。恐らくは情報などではなく直にお互いの初恋や失恋を見てきたのだろう。
…月岡が恋愛などするか分からないが。
しかしそんな2人がそう言うのだからそうなのだろう。
自己完結して月岡の後を追うようにしてリビングに入る。早速脱ぎ散らかされた制服が目に入った。

「ちょっと月岡さん!」
「人の目が無いのをいいことに何散らかしてんですか。すぐに片付けなさいっ」
『オカンが増えた!』
「www」

ルームウェア(と呼べるほど大層なモノではないが)に身を包みだらしなさ全開でソファに体を投げ出していればご覧の集中砲火。聞きたくないと言わんばかりに耳を塞ぐがあまり意味はない。
学校でも家でも小言を言われる羽目になるとは…。とんだストレス源だ、と思い顔を顰めた。己のだらしなさを改善すれば済むとは彼女は当然思わない。

『あーもーぎゃんぎゃんぎゃんぎゃんうるせぇなぁ!テメェらが私の世話焼いてりゃ特に問題ねぇだろうがよ!』
「人の世話になろうとする前に自分でどうにかしようという意識を」
『あ゛ぁあ聞こえない聞こえない!それより沢田、テメェちゃんと“宿題”は終わらしたんだろうな』
「えっ!?」
『なんだその反応。やってもいねークセに私にやんや言ってきやがったのか』
「や、やったよちゃんと!ただ… 自信がなくて…」
『お前… 私が渡したの小学生レベルのだぞ…』

休む間どうしても授業に参加出来ず、内容に追いつけなくなってしまう。ツナは殊更成績が悪いこともあってか追いつこうとするのは難しいだろう。
ならばと、数学の基礎である足し引き掛け割り算のレベルアップを図ろうと月岡お手製の問題を昼間やらせていたのだが…。予想以上にコイツはダメらしい。1年の時に成績の酷さを知ったが何がどういう風に苦手なのかしっかり把握してはいなかった。今の内に修正を入れなければ後々苦労するな、と考える。
気が付けばテーブルには松浦の淹れた紅茶が置かれていた。

『…まぁいい。出来た分とりあえず寄越せ。採点すっから』
「あ、はい…」

採点という言葉を聞いてか少し落ち込んだ様子のツナ。余程自信がないと見える。さぁどんな出来のモノを見せてくれるのかと色々な意味での期待を胸に赤ペンを手に持つ。ふと思い出したように月岡が言葉を漏らした。

『そういや、今日アイツ見たぞ』
「えっ?」
『君島夏穂』
「!?」

聞きたくない名前だった。
ほんの2日前までは嫌でも耳にする名前だった。「の」「に」「が」等々あらゆる接続助詞を付けて耳に入ってくるそれがたった2日聞かなかっただけでこんなにもトラウマめいたモノへと昇華するなんて。いや、もう めいた ではなく確実にそうなんだろう。
蘇る痛みの記憶。どうしたって体が震える。と同時に不安が過ぎる。月岡も、松浦も安達も。皆のように彼女側に付いてしまうんじゃないかと。
あれだけ苦楽を共にした友人も驚くほどアッサリと向こうに寝返った。自分には分からない、人を惹きつける何かがあるのかもしれない。それにこの3人も気付いてしまったら…。
いよいよもって、自ら命を断つかもしれない。
しかしそんなツナの杞憂は徒労に終わる。

『合同体育の授業中観察した結果、私たちの見解は“異様”で合致した』
「異様…?」
「異様だろアレはー」
「A組みんながみんな、彼女に夢中でしたからね。心配を通り越してただ引きましたよ」
『マジでアレは肉の壁だった…』

その時の様子を思い出したのか うぇっ と声を漏らして月岡は嫌そうな顔をした。3人の口からついて出た言葉に静かに、けれど心底ツナは安心した。彼女に君島に心奪われていないと。
助かった、まだ己の心は体は生きられる。無意識のうちに体が強張っていたが、安堵から全身の力が抜けソファに深く身を沈めた。深く長いため息を吐き出す。

『不安だったか。私たちがあちら側に付くんじゃないかと』
「……うん」
『言ったろーが、手を取った以上は最後まで離せないと。それはこちらも同じ事。テメェで言ったことをテメェで反故にするほど落ちぶれちゃいねーさ。それに、』
『あんなものに心奪われてやる程、私たちは易くない』

その瞳に映る絶対の自信はどこからくるのだろうか。

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