目を凝らすほど遠くでもないのに凝らしてしまうのは、目の前の光景があまりにも現実離れしているからだろうか。そんな馬鹿なとつい零してしまいたくなるモノが其処にあった。
ぱくぱく
むしゃむしゃ
もぐもぐ
ごくん
幻覚か蜃気楼かと思ったがどうやら違うらしい。それは小さな社の前に寝転び、供えられた花を一つ二つと啄んでいった。先ほどの子らが供えた花だろうか。小声で佐助に話しかける。

「佐助…視えるか?」
「バッチリと。何なのあれ。神様?それとも妖?」
「分からぬ…。」

人外という事は見た目で分かる。だがそれが神なのか妖なのかまでは分からなかった。しかし、ふと気付く。その者の風体に。立派な牡鹿の角に咲き誇る椿。そして石竹色の髪。お館様の話に聞いた妖の特徴そのままではないか。ああやはり神の名を語りここを餌場として利用していたのか。無垢な村人を騙しているだなんて… 許せない。グッと拳を握り締めた。

「ったのもぉ!!」「 ! ちょ、大将…!?」
「貴殿はこの付近の森に住んでいたと聞く妖殿と見受ける!何故このような場所で神を語っておられるのか!!」

ビリビリと辺りを震わすような怒号が突き抜ける。
鳥が飛び立ち獣の逃げる音がする。だというのに声を投げつけられた張本人は気にもせず緩慢な動作で供えられた花をまた一つ摘み。口の中へ放り込む。
それがまた苛立たせた。感情が高ぶり、腹の底から熱い何かが込み上げてくる。幸村の持ち得る炎のバサラが顔を出そうとしていた。薄らと幸村の体の周りに陽炎が浮かぶ。主の異変にいち早く気付いた佐助が制止すべく声を上げようとするがそれよりも早く椿の花が揺れた。

『―…成る程、バサラ者故俺が視えるのか』

凛とした声がした。
高くもなく低くもないその声は、聞きほれてしまうような美声でもないというのにどうしてか体は萎縮してしまって。自然と溢れそうになっていた炎のバサラは静まってゆく。ゆるりと此方を向くその者の顔。自分とさほど変わらない年齢の男だった。言葉を無くし立ち尽くしていれば、寝転んでいた妖がむくりと起き上がる。しかしその手と口は変わらず動いていて。片手間というのが癪に触る。

『で、熱いの。一体何用だ』
「そっ、某甲斐は武田に仕える武将名を真田源二郎幸村と申しまする!貴殿は牡丹殿とお見受けするが…!」
『よく知ってるなぁ。如何にも、俺の名は牡丹だ』
「それではやはり…!神の名を語り村人たちから花を供えさせておられたのか!」
『語るとは失礼な。これでも一応土地神様だぞ』

ムッとする牡丹とは真逆に、幸村の傍に控えていた佐助はすっと目を細める。やはり目の前の妖は神を語っている。人が人以外の者に成れぬように、例え妖であっても神になど成れる筈もない。そう思えば口が勝手に動いた。

「ンな訳ないだろ。妖がどうやって神になれるって言うのさ」
「佐助…」
『成れるぞ? まぁ俺の場合は自業自得というか不慮の事故というかだが』
「不慮の事故とは…?」
『まぁいつものようにな、木に咲いた花を食っててな。それがえらい美味いもんで一つ残らず平らげてしまってよ。その木が何とまぁ此処の前の土地神の御神体みたいなもんで。もう老木。最期の力を振り絞って咲かせたというのに俺が平らげたもんだから責任取って次の土地神になれって怒られちまって…。花を食らったことによって神力も受け継いだしな』
「そんな…」

そんな事で成れるのか。神に。
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