「旦那…いや、大将。アンタ今がどれだけ大変な時期か分かってンの?」

冷えた瞳と声が隣から投げられる。
ぐ、と言葉に詰まりながらも馬の手綱を握りながら横目で声の主を見た。森の緑に溶け込むような色合いの装束を着た忍、真田幸村直属の配下である猿飛佐助と目が合う。その目が自身を責め立てているような気がして、思わず幸村のほうから逸らしてしまった。弱くなったものだと自分でも思う。馬の速度を緩めることなく幸村は口を開く。

「分かっておる。だが、この武田を背負うこともそうだがやはり俺はお館様のお役に立ってこそなのだ」
「…………。」
「無論お館様に預けられた武田を蔑ろにするつもりはない。今日この日だけ、1日だけ以前の真田幸村に戻らせてくれ」
「……今日だけですからね」
「ああ!」

仕方ないとばかりにため息を零す佐助に元気よく返事をすると、より一層馬を飛ばす。牡丹という妖を探しに行く場所が躑躅ヶ崎館から半刻程で着ける距離にあったからこその行動であった。何も考えナシの行いではない。武田の総大将たる自分が何日間も城を開けることは許されぬ。特にこの大事な時期は。
行って帰れる距離だからこそこうして向かっているのだ。ただ忠義だけを胸にひた走っていた頃が懐かしい。

「―で、その肝心の妖ってのはどこにいんの?」
「うむ、お館様の話ではもうすぐの筈なのだが…」
「てゆーかさ、それってもう何十年も前の話なんだろ?今も同じ地にいるとは限らないんじゃない」
「ああ。そうであったとしても他の妖がいれば話が聞けるかと思ってな」
「…大体妖自体ホントにいるのかね」
「何と!佐助ぇ!お主お館様のお言葉を信じぬと申すか!」
「いやだってさー」

己の目で見ていないモノをどう信じろというのか。
取り分け忍はまず疑ってかかる仕事。何の裏取りもありゃしない昔話の何を信じればいいのやら。走りながら器用に肩を竦めてみせるが、前方の様子が気になったのか滑るようにして足を止めた。同じく幸村も馬の足を止め。示し合わせることもなく当然のように佐助が前に出て前方―… 木々に覆われた崖下を覗く。小さな村がそこにあった。

「村か…。佐助あの村に行ってみよう。何か話が聞けるやもしれぬ」
「はいはいっと」

馬を繰り山間にある村へと向かうべく道を探す。あまり人が来ないのか道と呼べる道はなく。近くここへ通ずる道を整備しなければと山肌を下りながら幸村は考えた。
人の手の加えられていない山中は実に険しい。好き放題に伸びた木の枝や葉が肌を擦れ痛む。戦場ではコレ以上の怪我を負うものだが…。葉に切られるのも地味に痛く嫌なものだった。そうして、葉に肌を撫でられながらも山を下りどうにか村へと辿り着く。小さいながらも豊かそうな村だった。こんなにも緑… というよりは花が多い村など見たことがない。見る限り意図的に育てているようだが。

「すんごいね…」
「ああ…」

佐助と同じようにただスゴいという感想しか出てこない。この戦国乱世の時代においてよくここまで焼かれず、荒らされず咲かせられたものだ。戦火とはまるで無縁な世界に、まるで自分たちのほうが異質なものに感じられた。

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