ぼんやりとした眼でぼんやりと天井を見上げる。
傍らに人の気配を感じてゆったりと顔を横へ向ければ赤い着物を身に纏う青年が1人。膝の上で固く握り締められた拳を見、上へと視線を上げていけば悲しそうな面持ちの青年へと行き当たった。

「幸村よ… どうしたのじゃ」
「お、お館様…っ 某は、某は己を不甲斐なく思います…!お館様の病に微塵も気付かず…っ」
「隠しておったのだから当たり前であろう…」

布団に横たわりながらも笑んでみせれば、より一層幸村と呼ばれた青年の表情は辛そうなモノへと変わり。やせ我慢が見抜かれたか、と苦笑する。
―この男、幸村にはなかなかに重責であろう。この武田を背負って立つということは。それを分かっていながら、それでも任せられるのは幸村しかいないと託したのだ。この機会に、きっと幸村は一段と逞しく成長する。挫けることも情けないことも恐れることもきっとあるだろう。けれどそれは全て必要なこと。人の命は無限ではない。年老いている己のほうがまだまだ青二才な幸村より早く死ぬのは必定。この戦国乱世、老いている若いに関係なく死んでゆくものだが…。いつか急逝してしまった時の準備はしておかなければ。俯き、唇を噛み締めるようにして耐える幸村から目を離し室内をぐるりと見回す。と、窓際に飾らた赤い椿の花が目に入った。
懐かしい。
あの日貰った椿だ。
どういった理由でかは分からないがあの日より椿の花は枯れることなく。数十年経った今でもあの時の瑞々しさを携えていた。まるであの花だけ、時の流れが違うように見える。流石妖がくれただけのことはあった。

「お館様…?あの椿が如何致しましたか?」
「うむ… ちと昔を思い出してのう」
「昔…でございますか」
「そうじゃ。…実はな、あの椿は妖に貰うたのよ」
「何と!妖に!?」
「幸村にこの話をするのは初めてじゃったな…。どれ、少し昔語りでもしようか…」

そうして床に伏せ、天井を見つめたまま晴信改め信玄はあの時の出来事を幸村に話して聞かせた。若かりし日に見た何とも見事な枝ぶりの妖。その夢現な体験。昔語りというには内容が少ない気もするがまぁいいだろう。重要なのはこの世には人や動植物以外にも息づくモノがいるのを学ぶことだ。目に見えぬだけで今も隣にいるかもしれない。
…そういえば、あれ以来妖の類を見ていない。
見えなくなったのか、それとも牡丹しか見えないのか。前者だとしたら、寂しい。

「何と!お館様がかような体験をなさっていたとは…!」
「うむ。ほんに懐かしいものよ…」

青々と覆い茂る草木。その中に紛れる石竹。
あぁ、思い出せば思い出す程

「久しぶりに、会いたいのぅ」

思わずぽつりとそんな事を零した。

「承知致しましたお館様ぁああ!!」
「!!」

本当に、本当にただ単にぽつりと呟いただけだった
深く意識したわけでもそれが聞こえてしまうとも。
しかしその呟きが届いた幸村は先程までの憂いを吹き飛ばし、軽く飛び上がる勢いで立ち上がり。炎の婆沙羅を出しているのか知らないが、若干熱く感じた。一体何を承知したというんだ。

「この真田源二郎幸村!必ずやお館様の所望される妖を連れてご覧にいれましょうぞ!!」
「な…」
「ぬぅぅおおぉぉおぉ!!滾るぅうぁあぁ!!!」

腹の底から地の底から。有らん限りの力で叫んだかと思えばそのまま部屋を飛び出した。地鳴りのような足音がだんだん遠ざかってゆく。思わず呆気にとられていた信玄であったが、幸村が何をしに何処へ行くのかに気付くと病を忘れ豪快に笑った。噎せたのは言うまでもない。
恐らく連れてくるのは難しいだろう。そもそも会えるかどうか、いや、見えるかどうか。ああけれど、もう一度会えるかもしれないと思うと病も吹き飛ぶ思いだ。

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