「お主… 妖のクセに人は食わんだか」
『クセにとはなんだ童。大体俺は人は好かん。何か生理的に無理』
「…そう言われるのも傷つくのぅ」
『知るか。以前、一度仲間が喰っとるのを摘ませてもらったがアレは駄目だ。不味い。花のほうが何百倍と美味かったわ』
「そのせいでその枝振りか」
『そう言えばそうだな』

見事としか言いようがない角に芽吹く花々。思い出したように妖がそれを仰ぎ見れば、ゆらゆらと椿が揺れて。その姿はまるで妖とはかけ離れて見えた。
おどろおどろしい様相をしているでも、人を喰らい口から血を滴らせているでもない。どちらかといえば神仏に近く見える。

「…妖、お主の名を当ててみせようか」
『うん?』
「“椿”。コレがお主の名じゃ。当たりじゃろ?」
『残念ハズレだ。俺の名は牡丹だ。』
「牡丹とな…」
『この見てくれとは正反対だろう?そこがなかなかに気に入っている』
「捻くれとるのう」

名は体を表すというのなら角に生えるべきは椿ではなく牡丹であるべきだったのだろう。しかし実ったのは椿。あべこべなそれを気に入っているというのだから、この牡丹という妖は癖があるというか何と言うか。思わず苦笑いを浮かべてしまう。
―それにしてもこの妖。人ならざる者にも拘わらず… と言うのだろうか。なかなかどうして話しやすい。

「牡丹は随分と… 親しみやすい妖じゃのう。妖という生き物はもっと、人を見下しておるものと思っておったが」
『人を喰らう妖はそうだがな。俺が喰うのは花だ。下に見る必要も無いさ』
「…仲間内に変わってると言われることは?」
『しょっちゅうだ』

間を置かずして返された答えに思わず豪快に笑ってしまった。葉の擦れ合う音と鳥の囀りだけが広がっていた森の中に男の笑い声が混じる。牡丹と名乗った妖も声は出していないが口元を緩めていて。少し、楽しそうだった。

「面白いのうお主!どうじゃ、ワシと共に甲斐に来ぬか?牡丹のような妖ならば皆受け入れようて」
『…童』
「ワシは童などと呼ばれるのはとっくの昔に終えておる。ワシは武田晴信。甲斐は武田信虎が嫡男。どうじゃ、ワシと共に来ぬか」
『…………。』
「甲斐は内陸故海は無いが山の幸は豊富じゃ。牡丹の食糧となる花も沢山あるぞ」
『魅力的な話だな』
「じゃろう?ならば『けれど』
『その話は断らせて頂く』
「…何故」

柔らかく日だまりのような空気が一転して、ピンと張り詰め薄ら寒いものへと変わる。晴信は何故牡丹がこの話を断るのか、理解出来なかった。悪い話ではないだろう。食糧には困らず、1人孤独に生きることもないのだ。初めこそ馴染めないだろうがそんなものは時が解決してくれる。妖は人の何十倍も生きると聞く。そんな時間など瞬きの間だろうに。
折角誘ってやったのにと、実に自己中心的な憤りを感じた。それに気付いたのか牡丹はクスリと小さく笑い。

『晴信。妖と人は生きる時が違う』
「そんな事は知っておる」
『いいや分かっていない。時が違うと言うことは感じ方も生き方も捉え方も違うということ。妖にとって当たり前のことが人には受け入れ難い。逆もまた然り。…人の戯れに付き合ってやるほど、寛容ではない』
「っ」
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