他とは違う意味で嗅ぎ慣れた血の匂いがそこかしこから漂ってくる。慣れたとは言えその匂いがするとどうしても眉間にシワが寄ってしまうのは最早癖として身に染み着いていた。
この時世珍しくもない戦。
それが終わり、戦場から戻ってきた兵は傷つき疲弊し。それでも悲壮感溢れる表情をしていないのがこの軍の特徴だろうと貴裕は足を動かしながら考える。今回は勝ち戦だからこその、あの晴れ晴れとした表情なのだろう。負けた時の反動が恐ろしいものだ。一つの部屋の前に着くと廊下に正座し中側へと声を掛ける。

『政宗様、貴裕にございます。治療に伺いました』
「…OK、入りな」
『は、』

苦しげに呻くような声が障子の隙間から這い出る。
加えて荒い息遣い。見ずとも室内にいる政宗が手傷を負っているのが分かった。障子に手を添え滑らせるようにして開ければ、鼻をつくツンとした匂いがより強くなる。一歩中に入るとすぐさま後ろ手に閉めた。怪我をしていることを足軽やそこいらの家臣に知られてはならない、というよりは治療を行っている所を誰かに見られてはならないのだ。

『人払いは、』
「no problem. 小十郎がやってる」
『承知致しました。それでは傷をお見せ下さい』
「あぁ」

床に置かれた弦月の前立てが僅か欠けていた。
ほんの小さな傷。けれどもこの前立てに傷がつく程相手側の総大将は手強かったということ。政宗が怪我を負うワケだと納得してしまう。しゅるり、と耳に触れる衣擦れに目線を政宗へと戻せば脇腹から下腹部へと至る傷が目に飛び込む。瞬間ひやりと肝が冷えた。政宗に声も掛けずに傷口付近にそっと触れればぴくんと肌が跳ねる。
構わずじっくりと傷口を観察すれば何てことはない。薄皮一枚切られただけだ。数針縫う程度で済むだろう。これならば大丈夫。子宮は傷ついていない。子は産める。

『…骨にも臓腑にも刀は届いていないようですね。良かった…』
「良くねぇよ、オレのprideが傷ついた」
『そんなモノはすぐに治りますよ。…けれどこちらの傷は少し残ってしまうかもしれませんね…』
「ha!こんな傷残ったところでどうってことねーよ。戦場に出てんだ、大なり小なり怪我は負う」
『それは重々承知致しております。然れども、もしもお子を産めぬ体になっては一大事故。こうして貴裕が進言させて頂いておりますのも偏に伊達家の繁栄を案じてのこと』
「Ahー…」
『…そのようにキツくサラシを巻いていては育つモノも育ちませぬぞ』
「テメ…ッ 人が気にしてることをっ」

武具が取られ剥き出しになった肌。
脇腹に入る刀傷は赤く滲んでいて痛々しいがその少し上―…胸部にある膨らみを潰すように真っ白なサラシが巻かれていた。キツく、キツく。テ

テキパキと傷の手当てをしながら貴裕は思う。不憫な方だと。生まれた時から伊達家当主として育てられ。同い年の女子たちが恋やお洒落に夢中になっているその傍らで刀を振るい、学問を学ぶ日々。恐らく人知れず涙した日もあったろう。自分も可愛らしい着物に身を包み、女性らしき生きてみたいと。どこまでも男らしい方ではあるが胸の小ささを気にする辺り、やはり女子なのだ。そんな、一心にお家の為にと生きてきた政宗を苛むかのように度重なる不幸。
病に掛かり右目と、母の愛の喪失。あまつさえ父と弟をその手に掛け…。それらを思い出すと不憫という言葉しか浮かばなかった。そんな自分は不忠だろうか。この様なことを考え、それどころか数少ない秘密の共有者たる自分が恋情を寄せているなど。
この想いを告げるつもりはない。あってもいけない。一介の医者程度が想いを寄せているだけでも烏滸がましいというのに。それを口にするだなんて。
身分不相応。
それもあるが何より政宗の信頼を裏切ることになるのが怖かった。このままこの感情は無かったことにして、このまま医者であり続ければ御側近くに居続けることは出来る。それだけで満足だ。
少しずつ縫われ閉じられてゆく政宗の傷口が、まるで自分の感情の入口のようで妙な感覚を覚えた貴裕であった。

縫い口吸い口


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