それが体中めった刺しにされて死んでいた。胸部には殺すのに使ったであろう包丁がまだ刺さっていて。死に際の表情は余りにも壮絶。余程恨みや憎しみが無ければこんな風には殺せない。気配を感じて振り替えれば背後に貴裕が立っていた。

「貴裕」
『違う!わ、悪いのはオレじゃない!アイツだ!オレと、オレと結婚するって言ったのに他に男がいて、オレはサイフだって!だから!』
「だから、殺したの?」

平淡にそう返せば言葉に詰まって目に涙を溜め、遂には膝から崩れ落ちた。その様子は哀れな男にしか見えず。本当は、責めるべきなのだろう。人を激情に駆られて殺した事を。けれど雲雀にはそんな感情これっぽっちも生まれなかった。言っただろう。例え何があっても雲雀は決して貴裕を責めるつもりはないと。
それどころか寧ろ嬉しいとすら思う。邪魔者が消えただけでなくこの切羽詰まった状況で真っ先に自分を頼ってくれた。他の誰でもない、自分に。それがどれだけ嬉しいか。筆舌に尽くしがたい。

ただただ邪魔だと思っていたが、最期には役に立ったじゃないか。彼との間に重い鎖を作ってくれて

「(どうもアリガトウ。君の死は無駄にはしないよ)」

ぐすぐすと泣きじゃくる貴裕と視線を合わせる為そっと膝を折る。優しく頭を撫でればのろのろと顔を上げた。涙や鼻水やらで顔面は酷いことになっていたがそれすらも愛しいと思えるのだから重症だ。そうだ、後で目を冷やしてあげないと。

「ねぇ貴裕大丈夫だからそんなに泣かないで。僕が助けてあげる」
『ほんと…?』
「うん。でもね、一つ条件があるんだ」
『じょうけん…。オレ、そんなに金ない…』
「お金はいらないよ。ただ僕と結婚してくれればいいんだ」
『………結婚!?え、でも、きょうや男…』
「女だよ。ほら」

まさかの条件に驚く貴裕の手を取って自らの胸へ押し当てる。豊満とはお世辞にも言えないが、そこには確かに膨らみがあった。なんで、と呟きながらも手はやわやわと胸を揉む。気持ちいいようなくすぐったいような感覚にこれが胸を揉まれるという事かと妙な納得をした。
男のフリをしていた、なんて言い訳は通用しない。何故なら貴裕と雲雀は以前一緒に風呂に入ったことがあるからだ。そこで互いに男だと認識したはず。それなのに。

「君のために女になったんだよ。丸ごと女になったから子宮だってある。子供もちゃんと産めるよ」
『なんで、どうやって…』
「方法は秘密。理由は単純に貴裕のことが好きだから」

ずっとずっと好きだった。中学の頃からの片想い。大人になれば自ずと諦めがつくかと思っていたのにダメだった。
そう告げれば耳まで赤くして、変な形に唇を結んで俯く。照れているらしい。こんな状況だというのに全く面白い。

「誓うよ。僕は生涯浮気はしない。10年想い続けてきた実績があるし、僕がそんな軽くないの知ってるでしょう?」
『う、ん。知ってる』
「なら安心だよね。さあ貴裕選んで。この女の為に薄暗い箱に閉じ込められるか、僕と一緒に明るい未来を築くか」
『でもオレ、人殺した…。』
「僕はその何倍も殺してるし、これからも殺すよ」
『そっか…。じゃあ、オレ、恭弥にする…』
「うん、僕にして」

契約の言葉を呟いた貴裕を抱き締めれば思いの外ぎゅっと返される。ああ、この胸に沸き上がる感情は。嬉しくて嬉しくて泣いてしまいそうだ。
でも泣くのは結婚式に取っておこう。まずはさっさとこの場から撤収しないと。


卑怯だと、罵りたければ罵ればいい。それがどうした。心から愛する者を手に入れる為ならば誰だって卑怯になれるだろう。

なれないというのなら、それは心底から愛してないだけだ。


救いようの有無


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