出せる限りの全速力で、貴裕の家に着く。ホストと言っても指名No.1という訳でもない彼の身の丈に合ったマンション。そういう、自分を過信し過ぎない所も好きだった。貴裕に対して嫌いな所なんて本当に数える程度しか無いのだけど。
そこの一階の角部屋。成人してからは数回しか訪れていない貴裕の家。ローマ字の表札を確認してインターホンを押した。

〈…………はい〉
「貴裕? 雲雀だけど。来たよ」
〈ガチャンッ〉

答える声は未だ嘗て聞いた覚えのない程か細く、震えていた。雲雀が来るまでにどうやら泣き止んだようだが、動揺は拭いきれてないらしい。

叩きつけるようにインターホンを切る音。顔を顰める暇もない間隔で目の前の扉がダンッと鈍い音を立てた。勢いを殺しきれなかった貴裕が体当たりをしたようだ。一体何があったのだろう。出来るだけ感情的にならないようにして聞き出さないと。そう雲雀が心に決めていると、慌てていた割にはゆっくり静かに開かれた。

泣き腫らして赤くなった目元に、かさついた唇。その上顔面蒼白。余程の事が無ければこうはなるまい。どうしたの、と聞けば唇を戦慄かせ目をさ迷わせ。その場では言いづらい事なのか雲雀の服の袖をぎゅっと掴むと中へと促した。
途端に鼻をつく噎せ返るような鉄の匂いに思わず目を見開いた。今までに何度も嗅いだことのある匂い。これは。貴裕の体をサッと見てみるが、怪我をしている様子はない。ならなんでこんな。尋常じゃない量の出血をしていなければこれだけの匂いはさせないぞ。

「…貴裕。何、この血の匂い」
『…っ!』

問えばびくりと体を跳ねさせる。そしてカタカタと震え始め。異様な怯え方に申し訳なくなる。怖がらせたいんじゃない。ただ何があったのかを知りたいだけ。例え何があっても雲雀は決して貴裕を責めるつもりはなかった。
答えを求めて貴裕を見てみるが視線を泳がせるばかりで言葉を口にしようとも此方を見ようともしない。

このままでは埒が明かない。

恐らく泣いていたのはこれが原因だろう。そう当たりをつけて、怯えるばかりの貴裕を置いてリビングへと進む。そこから更に一番血の匂いが強く異質な雰囲気を醸し出しているー… 寝室へと。

『待っ』

貴裕の焦った声が聞こえたが手は止められなかった。ドアノブを握り一気に開ければ一面の血の海。感覚を狂わせるような匂いに慣れている筈なのに目眩を覚えた。

アイボリーの壁紙にまで飛び散る血飛沫。似たようなナチュラルカラーのベッドは真っ赤に染まり。その上で仰向けで死んでいる人物には見覚えがあった。貴裕の、婚約者だ。
自分から想い人を奪った頭も尻も軽そうな女。憎い相手。

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bkm
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