※血表現注意




途方もない絶望に暮れたのはその日が人生初の出来事だった。どちらかと言えば絶望を与える側であったし、雲雀自身人を支配する才に溢れていた。だからこんな風に希望も気力も殺がれる日がやってくるとは夢にも思っていなかった。ただ思い描いていたのは貴裕との幸せな日々。

「貴裕…。」

呟いた声は掠れていたけれど、声変わりを経て得た声よりは幾分高くなっていた。
アルコバレーノによって作られた性転換の薬。それのお陰で今はこうして体のみならず声すらも女のものとなっていて。しかしそれも今では無用の長物。貴裕の為に女になったというのに。貴裕がどこの馬の骨とも知れない女と結婚しようとしている。貴裕が。貴裕が。

彼が家族を欲し、己の血を分けた子供を望んでいたから。それを叶えようと。伴侶としてもらおうとこんな風にしたのに。とんだ体たらくだ。泣く子も黙る風紀委員長とも呼ばれた自分が呆れる。

ーどうしようか。これから。
再び性転換薬を飲んで男に戻るか?こんな短期間でころころと性別を変えていては体にどんなデメリットが生じるか分からないが。けれど女でいる理由ももう無い。不慣れな体でいるよりも慣れ親しんだ体に戻った方がいいに決まっている。だというのに踏ん切りがつかない自分がいて、酷く恨めしい。まだどこかで期待してるんだ。貴裕が思い直して自分を選んでくれるかもしれない、なんて。
そもそも彼は雲雀がこうして女になった事すら気付いていないのに。せめて教えれば良かったのだろうか? そうしたら貴裕の選択肢の中に、いやその上であの女を選ばれたら一層惨めだ。

「………死にたい…。」

生まれて初めてそう思った。



ピリリリリリ



自分以外には誰一人として居ないホテルの一室に電子音が響く。この音は着信のだ。マナーモードにしてなかった事に舌打ちを溢した。無視してしまおうかとも思ったがどうしてか。せめて誰からの着信かだけでも確認しようと思ったのだ。
普段の雲雀だったならば出たくなければ相手を確認しようともしない。後に雲雀はこれが虫の知らせというヤツで、雲雀にとっての人生のターニングポイントとなったのだろうと考えた。

緩慢な動作でスマートフォンを手に取り、画面を見る。貴裕の二文字。脊髄反射で通話ボタンを押した。

「もしもし?」
〈…………。〉
「… 貴裕?」
〈……ぅ…っ ぐす…〉
「どうしたの、泣いてるの?」
〈ううぅ゛…っ ひっ うぇぇっ〉
「泣いてちゃ分からないよ。何があったの」

雲雀恭弥という人物を少しでも知っている人間が聞いたら驚愕のあまり二度見するだろう。それぐらい優しい声が出た。泣いてる人間を宥めるなんて事すら珍しいどころの話じゃないのに。
機械越しに、みっともなく嗚咽を漏らし泣いているのは貴裕。雲雀の長年の想い人。彼のために性別まで変えてみせたのだ。その愛は計り知れない。他の人間だったらいざ知らず。しかし相手は貴裕で、その上泣いている。

〈き、きょ、おゃ…!おれ、おれぇ…っ うぐっ、ど、しよ…!〉
「うん、分かった。電話じゃなくて直接会おうよ。僕まだ並盛にいるからさ」
〈ずびび…っ ふぅっ…! ひ、とり、で…っ?〉
「もちろん。僕が群れるの嫌いなの知ってるでしょ」
〈じっ、でる…っ〉

幼子を宥めるように優しく甘く囁いて一旦電話を切らせる。聞けば家にいると言うからすぐに訪ねよう。それでも愛しい人に会うのだからと最低限の身なりを整えて飛び出した。


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