「髪の毛、随分伸びたな」
『そうですか?』

ふと気付いたかのように三成は言葉を漏らした。
何故今この状況でそんな事に気付くのだろうか。普段些細な変化に気付きもしないクセに。繊細なんだか何なんだがよく分からない、そして自分自身でもそう思わなかった為二重の意味を込めて首を傾げた。その動きに合わせて肩に掛かりそうな程度に伸びた毛先が揺れる。
ほんの3ヶ月ほど前は項が見えてしまうぐらいの長さだった。それが今では肩先。ああ生きているのだと確かに三成は感じた。生をもっと感じたくてか思わず、結花の髪へと指を絡めれば冷たい篭手越しでも艶やかが伝わって。勿体無いなと思ってしまう。恐らくもう少し経てばまた結花は切ってしまうだろう。何の躊躇いもなくあっさりと。それではあまりに。元より髪を切る原因となったのは自分。その力を認めてこの石田軍、いいや覇王軍へ迎え入れる時に言ったのだ。
武将として在りたいなら女は捨てろ、と。
その言葉に頷いた結花は翌日バッサリと髪を切って登場し。その決意たるや。天晴れと名実ともに彼女を認めた日でもある。無論その時の己の考えや言葉を覆すつもりはない。けれど勿体無いと思ってしまうのも事実で。

「結花」
『はい』
「これが終わったら髪を伸ばせ」
『えっ? あの、ですが…』
「異論は認めない」
『…御意にございます』

主の言うことには従う他あるまい。突然のことに困惑しつつも結花は静かに頷いた。伸ばせと言われて嬉しくないワケがない。
男に混じり刀を振るうのにも随分と慣れたが、城下町で見る年の近い娘が着飾り楽しそうにしているとどうしても心の奥底がざわつくのだ。羨ましいと。今頃の年齢であればとうに嫁ぐか恋仲がいるか。どちらにせよこんな髪の短い女には御伽噺でしかない。この時世女の髪は長くあるのが美徳だからだ。戦に赴くのが、刀を握るのが三成に仕えるのが嫌なんじゃない。心から魂から誇っている。
けれど、やはり、しかし。
視線を上げれば空に敷き詰まる厚い雲が目に入る。蛇のようにとぐろを巻く雲がまるで己の心のように見えた。こんな事ではいけない。これから大事な、大事な戦があるというのに。腰に差した刀を強く握った。これが終われば、

「これが終われば、」
『はい』
「貴様を嫁に迎えてやる」
『はい。………はい?』

思わず聞き返してしまった。主であり殿に対する態度としてはあまりに無礼だろう。けれどそんな事を気にしている場合ではない事態が起きていた。
三成を見れば彼もこちらを見ていて。月色の瞳に目が留まる。

「傷だらけの体に肉刺だらけの手では嫁の貰い手もおらんだろう。褒美だと思い受け取れ」
『三成さまは宜しいのですか?私のような者で』

言われた通りこの体は傷だらけ、手も肉刺だらけで髪も短い。女としての魅力は皆無だろう。子は産めるかもしれないが、それに至る過程でどうしても体を見せることになる。自分で言うのも何だが、そんな汚いものをこの美しい人に見せてしまってよいのだろうか。

「私がいいと言った。その言葉を疑うな」
『…はい。 ふふっ』
「っ笑うな!」
『はい、申し訳ございません』

見つめていた三成の頬が僅かだが赤みを帯びる。なかなか見れないそれについつい笑ってしまった。
眼下に広がるのは葵の旗。
よもや徳川本陣を目前に控えてこんな会話を繰り広げているとは、かの東照権現も思うまい。もし聞こえていたなら驚くか…… いや、彼なら喜ばしいことだと笑うだろう。仇敵となった今ではその笑顔もただ憎たらしいだけだが。

「…行くぞ」
『はっ!』

刀を天へ向かい三成が掲げれば背後に控えた何万もの兵が声を上げる。数多もの人が一斉に声を出せば大地は震え鼓膜は戦慄く。これがきっと最後の戦となるだろう。
死ぬつもりは毛頭ない。生きる為に勝ちに行くのだ。

あらぬ十六夜


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