車のヘッドライトが幾つも横を通り過ぎてゆく。白いガードレール越しに見るそれは自分の足取りとはまるで正反対のスピードで進みいなくなって。風に吹かれて足元に落ちてきた枯れ葉をくしゃりと踏みしめ、はぁと重苦しいため息を吐き出した。こんな陰鬱な気分にさせている原因は分かっている。その原因をどうにかしなければならない、という責任も感じるからか余計に気分が滅入って仕方なかった。
肩に掛けるラケットバックがこんなに重い物だなんて。この日幸村精市はそれを嫌というほど学んだ。

『随分とまぁ、不景気な面して歩いてんねぇお兄さん』

その陰鬱な気分が足にまで伝わったのか、普段の何倍もゆっくりとした歩調で帰路へついていれば不意に誰かに声を掛けられる。男性とは聞き間違えようもない女性の声に自然と眉間にシワが寄る。
まだたった15年ではあるけれど、生きてきた人生で女というモノがどういう生き物か知ってしまった。どうせこの女も自分の顔の良さに惹かれてやってきたミーハーだろう。あの女のように。

鬱陶しそうに顔を上げれば、ニヤリと笑う女と目が合った。思ってもいない笑み、そして派手な民族衣装。目も覚めるような真っ青な布地と金色の装飾品。一体何なんだと思ったが、女が肘を掛けている置き型の看板を見て合点がいった。
“占”と書かれた看板。どうやら女は占い師らしい。

『どうよお兄さん。暇ならちょいと寄ってかない? 学生証を提示してくれたら割引しまっせ』
「いや、俺は占いは…」
『まあまあそう言いなさんな。はした金で不満や不安を愚痴れると思ってさ』
「…………。」
『知った相手でも何でもない。どう思われるか、評価されるか。いちいち悩まなくて済む相手だと思うけど?』
「……そう、ですね…」

心身共に疲弊しきっていたのかもしれない。
普段なら、いつもならこんな風に声を掛けられても冷たくあしらったり無視したりするのに。女の誘い言葉がどうにも魅力的に聞こえた。
気が付けば頷き、建物の地下にあるのであろう。店に戻ってゆく女に付いて行くように幸村も店に入った。

随分とおざなりな作りの、鉄の扉をくぐり抜け促されるまま店と思われる中に入る。 寂れた外観とは違い室内は割と綺麗で凝った造りをしていた。
金糸の蔦模様の赤い絨毯。紫の壁紙。そして中央に張られたテント。天井から吊されるランプは星の形を模していて。
一気に外とは別世界になり目を見張る。

『さ、其処に座りんさい』
「あ、はい…」

キョロキョロと店内を見回していれば女に座るようにと促される。そこは女が座り込むテントの外側で。まるでどこかの民族の元に訪れたかのような感覚を覚えた。女が口にする煙管も自分には縁遠い物。新鮮という言葉も懐古という言葉も当てはまる状況に頭が追いつけない。

『まずはコレどうぞ』
「お茶…ですか?」
『そ。ハーブティーね。体や心をリラックスさせて落ち着かせてくれんの。今のお兄さんにピッタリだよ』

唖然としてしまう。こんなお茶が必要だと思わせてしまうほど暗く沈んだ顔をして、自分は歩いていたんだろうか。それとも占い師というのは皆そういった見極める力を備えているんだろうか。分からない。少し震えながら出されたお茶を素直に一口、口に含んだ。じんわりと温まる体内、鼻を抜ける爽やかな香り、味。女の言うとおり心身がリラックスしていく。心地いい。

「…美味しいですね…」
『そりゃ良かった。気に入ったんなら茶葉余ってるからあげようか?』
「あ、はい。是非っ」

一気に半分程まで飲み干してしまえば女は楽しそうに笑って。先ほど外で見た、ニヒルなものとは全く違っていた。それに目を丸くしてしまう。今日は驚いてばかりだな、と心内で思った。

『さ、ちょいと落ち着いたとこで行ってみましょかー』
「 ? 」
『占い。まったり茶ぁ飲んじまってっけど本命はコレだかんね』
「タロットカード…」
『お、よくご存知で。まぁ占いとしてはメジャーな方だしねぇ。お兄さんコレ切って』
「はい」

言われるがまま差し出されたタロットカードを適当に切ってゆく。果たしてこれで何が分かるんだろうか。自分の内に抱える悩みの種を言い当てられるのか。上手く言いくるめられてのこのこ付いて来てしまったが安物買いの銭失い、なんてことにならないだろうか?
誰かに心情を吐露したいという気持ちは確かにあったが…。今更ながら後悔が過ぎる。


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