そうしてまた じわり と思い出す。真っ白な紙に墨が一滴落ち、広がってゆくように。
―敵の本陣に突入した。そこには重苦しい鎧を身に纏った敵総大将がおり。難なく、と言っては相手方に失礼かもしれないが労することなく首を取ることが出来。息を吸い込み腹の底から戦場へ、天へと向けて勝ち鬨と言わんばかりに声を張り上げた。 獣の咆哮のようなそれと大将を討ち取られた事実に敵兵は戦意を無くし、武器を落としてゆく。 手柄を、武功を上げた。お館様の役に立てた。それが嬉しくて。だからこそ油断していたのかもしれない。
総大将を殺ったとは言え敵本陣のド真ん中にいるのだ。いつまでも長居していては仇を討とうという輩が現れるかねない。そんな可能性を無視して息の続く限りお館様へ届くとも知れない報告を続け。
その隙を狙ったのだろう。切羽詰まったような佐助の

「旦那!!」

と自分を呼ぶ声と体に走る衝撃。途端脇腹に熱が集まったような痛みが生まれ。だんだんと近付く地面の茶色。そこから先は覚えていない。

「……某は…、死んだ、のか……」

覚え、思い出せる最後の記憶がそれなのだからそうなのだろう。それならば此処はあの世か。だとしたら得心がいく。空と水が一体となった、こんなにも美しくも不可思議なところ日の本にあろうはずもない。

「…なんと情けない…っ!お館様のご上洛が成される前にこのような…っ」

悔しかった。ただただ悔しかった。
敬愛する武田信玄の天下統一を見るどころか討ち死にだなんて失態を犯し。しかも名も分からぬ、一兵士の手に掛かってなどと。 どうせ死ぬならただ1人の好敵手と認めたあの男との死闘の末が良かった。それならまだ納得が行くし、満足だ。だが実際はどうだ。 ぶるぶると肩が震える。固く握り締めた手が痛い。涙腺が緩み、目頭が熱くなる。今にも涙が水面へ降りそうになったその時、大きな波紋が広がった。足に当たる小さな波の感触にハッと顔を上げる。 黒い鳥が其処にいた。

『…珍しいな、こんなところに人がいるとは』
「な…っ」

違う、鳥ではない。人だ。それも女。


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