見たこともない風景が目の前に広がっている。
どこまでも続く青空に白雲。足元は一面水が敷かれ、天井の空を鏡のように写していた。そのせいか、自分が宙に浮かんでいるかのような錯覚に陥り。思わず多々良を踏めば緩やかに波紋が広がった。
見渡す限り一切の遮蔽物のない水面。そこへどこまでもどこまでも波紋は広がってゆき。不可思議でもあり美しくもあるその空間をただジッと見つめ、ふと幸村は思った。

「某は何故このようなところにいるのだろうか…」

気が付けば此処にいた。
そして目の前の景色を見て驚くでも狼狽えるでもなく、どこかで受け入れてしまっている自分がいて。その事実に気付き ぶるり と身を震わせ、そっと両の腕で己が体を抱いた。
心細い。寂しい。怖い。誰か。
得体の知れない場所に1人でいるのは淋しすぎる。

「…そうだ、お館様、佐助…」

いつも傍にいた2人。その姿が見えない。特に佐助は己の部下、腹心と言ってもいい。普段やたらと口うるさくも忍としての職務を全うすべく主である自分に危険が迫れば瞬きの間に現れ出でるというのに…。その佐助すら。いつもならば、こんな訳の分からない状況下に陥れば少なからず慌てるだろう。けれど心は凪いでいて。 だからだろうか、とても冷静に考えることが出来た。まずここはどこか、というのは置いておいてここに来る前何をしていたかを思い出してみる。

「確か…」

顎に手を当て考え込む。
微かに記憶に架かる靄を散らすようにして覗いてみれば、拓けた大地が飛び込んできた。そこには赤い布に武田菱の描かれた御旗。自分と同じ赤の戦装束に身を包んだ兵士たち。 ああそうだ、そうだった。自分は戦に赴いていたのだ。武器である十文字槍を手に、師と敬う主君・武田信玄のため戦場を駆け敵を撃破し。あの独特の空気に触れ、高揚していたハズだった。
血が沸き、滾り、震え上がる。戦が終わってもなかなか鎮めることが出来ないあの感覚。それをどうして今の今まで忘れていたのか。不思議なこともある、と言って済ますには薄ら寒さが残る。拳を強く握り締めることでそれを散らした。


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