震えながら空気を吸う音がする。


『さか、た… ぎ、銀時の、弟…っ ぎんせ、銀星、です…』


詰まりながら吃りながら、決して長くはないセリフを一生懸命に言う。自己紹介するには過剰な呼吸音。どこを見ているのか分からない目線。
お面の部分に開いた穴からどうにか見える瞳はこちらを見てはいなかった。

動揺してしまいすぐに返事が出来ない。2、3秒してからハッと気付き慌てて立ち上がる。銀星がびくりと体を揺らすのにまた戸惑いながらこちらも挨拶を返した。


「初めまして、本日からこちらで働かせて頂くことになりました志村新八と言います。よろしくお願いします」


ペコリと腰を折ってお辞儀する。そうして頭を上げれば銀時の隣にいたはずの銀星は彼の後ろに移動していた。
え、あれ、と驚く新八を他所に何事かをぼそぼそと銀時に囁いた。


「ん、よく頑張ったな銀星。戻っていいぞ」


ぽふぽふと銀時が頭を撫でると小さく頷いてまた部屋に戻ってしまう。あまりにも短い邂逅に呆然というか驚愕というか。そういうリアクションしか出来ない。

ちゃんと説明してくれるんだろうな、念を込めながら銀時を見ればあの胡乱げな表情で頭を掻きながら新八の対面のソファへと腰を降ろした。湯呑みの中の緑茶が僅かに波を立てた。


「銀さん、あの」

「わーってるって。アイツ、弟の銀星な。歳は18。で、重度の視線恐怖症」

「視線恐怖症って…」

「聞いたまんま見たまんま。人の目が怖くてしょうがねぇってやつ。それ以外にも軽度の対人恐怖症と接触恐怖症も患ってる」

「接触って…。でもさっき銀さん手ぇ繋いでましたよね?」

「オレは大丈夫なんだよ。見るのも触るのも」


唯一の肉親なのだ、それぐらいの特権があってもいいだろう。兄離れも弟離れも出来ない。困ったもんだと口角を緩めながら銀時は肩を竦めた。

しかし対面する新八は笑顔を浮かべるどころではない。そんな弟さんがいるなら自分は迷惑にしかならないのでは。安寧安心安全な家に就業時間のみとは言っても上がり込むのだ。不安で堪らないだろう。


この男の中に何か、光り輝くものを見た気がした。それを確かめたくて近くで見たくて半ば無理矢理雇ってもらったが…。


「気にすんな新八。ちゃんと説明して納得させたから」

「でも、」

「いーんだよ。アイツにも変化は必要だから」


銀星が部屋に籠ったのは銀時が原因ではあるが新八も深く関わっていた。

ただ今日に至るまで新八を雇用したことを言わなかっただけ。本当に少しうっかりしていただけだ。何だかんだドタバタしてしまって言うタイミングを逃して。弟は見知らぬ人間と相対するまでに時間が必要だというのを理解しているクセに。
それに思わず塞ぎこんでしまったというのが事の次第。


別に人を雇用するのを反対しているんじゃない。自分がこんなだからロクに仕事を手伝えないし。ただ一言欲しかったのと、忙しさを理由に兄が自分を少しでも忘れてしまったのが寂しかった。


「銀星は怖がりだからなぁ…。ま、これからよろしくしてくれや」

「はぁ、まぁ、僕なんかでよければ」


大変なところに就職したかもしれないと、少し顔を引きつらせる。

話は終わりだと言わんばかりに銀時はソファに寝転がり徐にジャンプを読み始め。その様子に小さくため息を吐くと手のつけられていない茶が目に入る。
すっかり温くなってしまった。

世界遮断


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