弟の状況を配慮せず内側に新たな人間を招き入れたのは自分なのだ。やむを得なかった、なんてのは言い訳だ。それが通用する相手ではない。さて、どう納得させたものか。

「何度声かけても返事ないと思ったら…。襖に話し掛ける趣味でもあるんですか」
「ンな趣味あるワケねーだろーが。…弟に話し掛けてんだよ」
「えっ 弟いたんですか銀さん!」
「いますよー 銀さん自慢のかーわいい弟が」
「じゃあ挨拶したほうが…」
「あー… いや、待て。新八ぃ、てめぇはちょっとここで茶でも飲んでろ」

どういう事だと驚嘆の眼差しを向ければスッと銀時は立ち上がり。伺える横顔はいつも通り死んだ魚の目をしているのにどこか真剣みを帯びていた。一体何が、と新八が思っていれば銀時が襖の取っ手に手をかける。1拍置いてゆっくりと引かれていく。先程まであんなに固く閉ざされていたのに。
人 1人分通れるだけの隙間を開けるとサッと中に入っていった。あわよくば中を覗いて、弟とやらがどんなもんかと見てみたかったがどうやら無理そうだ。大人しく言われた通り茶でも煎れて待っていよう。3人分煎れたほうがいいだろうか。

*****

5分、いや10分は経っただろうか。既に湯は沸き、茶を煎れ終わってしまった。一応3人分用意してはみたが…。果たして必要になるだろうか。
そもそも本当に弟などいるのだろうか。あの男の虚言な気がしてならない。それとなく耳を澄まして物音を聞いてみるが何一つ聞こえない。衣擦れ一つも。実に疑わしい。あのちゃらんぽらんな男のことだ、変装して現れたりするんじゃないか。もし本当にそうしやがったらどうしてくれよう。

「(とりあえずお茶引っ掛けるくらいはいいよね…)」

折角3人分煎れたのに実際は2人分だけでよかったとか、茶葉の無駄遣いだ。
淹れたてのお茶の温かさと味にほっこりしつつもそんな事を考えていれば床の軋む音がする。パッと振り返ればタイミングよく襖が開いた。あ、と小さく声を漏らして出てきた人物を銀時1人。なんだ、やっぱり弟なんていなかったじゃないか。ツッコミと文句を口にしようと口を開きかければもう1人いることに気付く。銀時の後ろに隠れるようにして誰か、もう1人。
前に立つ銀時と同じ銀髪、天パ。いや、その誰かのほうが遥かに艶やかな髪をしている。クセッ毛だからちょこちょこハネてはいるが髪質がとても柔らかそうで。少し触ってみたくなった。

「待たせたな新八ぃ。コイツがオレの弟の… 自分で自己紹介できっか?」

こくりと、辛うじて見えている頭が頷く。

「よっしゃ、頑張れ」
「(たかが自己紹介ごときでそんな大袈裟な」

しかし彼にとっては自己紹介は大袈裟なものだった。そろりと銀時の背中から姿を現したー 恐らく青年は、ぎゅぅと銀時の手を強く握り締める。余った片手も力一杯拳を作り。余程緊張しているのだろうけど、表情は伺えない。
何故なら。
彼の顔には面が被せられていたから。
白地に朱色で彩られた狐の面。顔全体をすっぽり覆ってしまっていてどんな顔を、表情をしているのか分からない。唯一出てるのは髪の毛だけ。それが銀時と似通っているものだからそれだけでも血の繋がりを感じることが出来た。
「なんでお面被ってんのおおおお!?」と盛大にツッコミたくてしょうがなかったがそんな空気ではないし、初対面の人間相手に失礼かな… とせめて自己紹介が済むまではと。我慢してよかったと新八は後に思う。


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