1人船を降り、島の中を進む六月一日。供として三ツ蜂を連れてきたがもう1羽… 津々四は置いてきた。過去様々な苦難をともにしてきた、というより強いてきたが今回ばかりはお留守番。そも、以前も留守番で済ませられるならそうしたかったのだ。ただ津々四を預けておくような場所がなくて仕方なく。

しかし今回は違う。安心して預けられる所がある。まぁ直前までぐずりはしたが最終的には聞いてくれた。あれは賢い。だからきちんと理解もしたのだ。自分が行っても何にもならないことを。寧ろ足手まといになってしまうことを。酷なことだがしょうがない。何せ今の状況のこの島に入れば動植物は皆死に絶える。いや、死ぬというよりは限りなくそれに近い状態になるのだ。姿を見せない動物たちも、実は生きている。生きては、いる。
だがこのままにしておけばやがては絶命する。辛うじて蜘蛛の糸ほどの細さ薄さのモノで肉体と魂とを繋ぎ止めていた。それは今にも千切れそうになっていて。そんな所に津々四が入ってしまったら。飛んで火に入る夏の虫。

そんな危うい状態の島に彼女が何故入れて且つ無事なのかと言えば、彼女だからであって
。それだけで頷けてしまう。

色味に欠けるジャングルの中を1人と1匹。連れ立って歩く。隣を歩く三ツ蜂の背には。白磁の瓶に入れられた酒。それ以外にも使用する道具やらが様々乗っていた。

六月一日がこれから行うは神降ろしである。

読んで字の如く。神を降ろすのである。亡くなった神に代わる新たな神を。天上に御座す一柱から。この地へと願い奉る。
地上へと降りて頂くのは大変心苦しいが、致し方ない。神産みをする訳でもないのだから許してほしい。

―神産みも、出来なくはない。が神降ろしの方がうんと楽なのだ。それに神産みの際は色々なところに許可というか根回しというか。そういうのが必要なので。そんな意味も兼ねて神降ろしのが楽なのである。神産みという行為そのものなら難しい事はない。彼女の手に掛かればという枕詞が付くけれど。

『―……ここだね』

色もなく匂いもなく音もないその中を進んでいけば拓けた場所に出る。そこはちょうどこの島の中央に位置し。この場だけが辛うじてまだ“生きて”いた。故にこの場に神を降ろす。

息を吐いている暇はない。三ツ蜂の背から手早く荷を下ろすとその中から塩の入った袋を取り出した。それの封を開けると半径2mほどの円を描くように巻く。清めの結界である。
この島に穢れがあるわけではない。今は良いも悪いもない。ならばどうして。儀式とはそういうものなのである。万が一を想定してもあるが、神が降り立たれる場を整えるのは務め。来て頂く側なのだ。最大限の努力はせねば。

塩の結界を張り終えたら次は供物の準備。三日三晩彼女が祝詞を唱え捧げ続けた御神酒と榊…は流石に手に入らなかったので良く似た木の枝を。更に米と魚、果物を用意すれば準備は完了。
1人満足げに頷き、こじんまりとした祭壇を見る。その奥には小さな小さな若木。この死にゆく島の中で唯一。きちんと生きていた。終らず終ろうとせず 。己の生を手放すまいと。ここが島の中心でかつての神が寝床にしていたからかもしれない。そこでこうして生きようとしている。
何てお誂え向き。

『ちょっと大変かもしれんけど、頑張って』

私も全力を尽くすからさ、と言葉を重ねてその円の中に座した。姿勢を整え、すぅと息を吸い込んで吐き出せばガラリと空気が変わった。


さぁ神降ろしの始まりだ。





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