砂浜に足を着ければ少しだけ、足が埋まる。太陽が照りつけるその様子はいっそ暴力的でもあった。陽射しがじくりじくりと肌を痛め付けるが、感慨を覚える暇はない。手早く用事を済まさなければ。気の短いやつが上陸しかねない。

さぁ行くぞと共に島に降り立った三ツ蜂の頭を撫でる。ポニーほどの大きさに顕現した三ツ蜂の背には何やら荷物。箱に入れられていたり布に丁重に包まれていたりで中身は判らないが…。扱いが丁寧なことから重要なものだというのは知れた。
わざわざ聞きはしない。きっと理解出来ないから。そうして此方に背を向け、行こうとする彼女に声を掛けた。

「六花!」
『はいな』
「気を付けろよ、絶対帰ってこいよ!」
『ははっ、あんがと。まぁ風呂と酒でも用意して待っとってよ』

普段と何ら変わらない笑みを見せて。手をひらひらと振りながらゆったりと、彼女は行ってしまう。
その行き先となる島を、森を見て自然と険しい表情になってしまった。無理もなかった。

その島は死んでいた。

木々は枯れ、水は渇き空気は淀み。感覚から得られるその島の全てが死んでいたのだ。匂いすらも生きていない。動物の姿は見えないが恐らく。生きていたとしてもそれは本当に辛うじてで。生命活動を停止する寸前という所だろう。

彼女だけが降り立った砂浜も色を失くしていた。灰色の、温度も感じさせない砂浜に背筋から恐怖が滲み寄る。らしくもない。こんな、冷えた砂浜など冬島で経験済みだろうに。
しかしそこでは温度があった。冷たいという温度があった。
ここではその冷たさもない。あると無いとでは大きく違う。降りるなと言われたから実際触れてもいないが。


4日前のことだ。白ひげと、延いては彼女の口から次の島には降りるなと言われたのは。当然他の連中からは抗議の声が上がった。何故、と。親父の考えで判断の上でなら誰も文句は言わない。けれど六月一日からの提案ということで。大恩人ではあるが家族ではない。要は客人の身分のヤツがこの船のあれこれに口出しするなという訳だ。実力も才能も認めているがそれとこれとは話が別。

お世辞にも優しい面構えとは言えない男どもに囲まれながらも、少しも臆さず彼女は言った。
『神が死んでいる』と。
曰く島々にはそれぞれ神が居て。大気を操り雲を呼び雨を降らせ。島を島として生かしていたそうだ。理屈や根拠もない不可思議な方面に彼女は強い。というかそちらにだけ、強い。それが才能と呼ばれるやつなのだとエースは身をもって知っている。
だから六月一日がそう言うのならそうしようと。さして疑問もなく思い至る。一見危険な思考のように感じるが…。騙していたらどうすると問うたところで「アイツはそんなことしねェよ」の一言で終わりだろう。
事実そうなのだが、彼女の人となりを知らぬ人間からすればぞっとしない話だ。

―そんな風に無条件で彼女を信頼するエースとは違って白ひげのクルーはその言葉を信じきっていなかった。血気盛んで反抗的な気の強い連中に至っては、それを無視して我先に降りてやろうとすら考えていた。そうして何事も無くて彼女を詰ってやろうと。考えていたのだが。
結局、島に降りたのはたった1人。六月一日だけだった。

島を視認した瞬間悟ったのだ。降りてはいけないと。この島に触れてはいけないと。そう本能が告げた。怖じ気づいたと言ってもいい。それで命が助かったのだ。彼らは喜ぶべきだ。
二の足を踏むクルーを横目に彼女だけがタラップを下り砂浜へ。けろりとした様子に、続こうとした者はいない。無事でいるのは彼女だからである。


恐怖の混じった、引きつった表情の家族を見た後もう一度島を見る。やはり島は死んでいた。




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