ワイワイ。がやがや。
大勢集まり喋り出すと本当にそう聞こえてくるのだから人の耳というのは不思議だ。一つ一つに耳を澄ませればきちんと会話の内容も判ってくるのだが。
その賑わいの一つに彼と彼女もなっていた。

「なーいいだろ六花!白ひげのクルーになろうぜー」
『あっ、エースくんこのピラフ超うめぇから食べてみ』
「おっマジで? どれどれ…… うん、うめぇ
!じゃねーよ話をはぐらかすな!」
『私としちゃあこの程度ではぐらかされるエ
ースくんが心配だわ。チョロすぎぃ』

2人の温度差にグッピーが死んでしまう。
わあわあと騒ぎ立てるのはエース唯1人。六月一日は実に平然としながらランチに箸を伸ばしていた。平然、よりはやや辟易としながらが正しいか。
ほんの数日前。エースに下の名前を明かしてからというものの顔を合わせる度にこれだった。

白ひげに入れ。

小賢しい策略も陳腐な説得もなくストレートにそう口説いてきた。回りくどい事や頭を使う事が苦手な彼らしいと少し笑ったのは内緒だ。いっそ清々しさすら感じたが今では頭を抱えている。いや実際そこまで困ってはいないが。
一体彼の中で何が起きて勧誘へと至ったのか。そんな事は判りきっている。数日前、名を教えてからだ。

それまで隠されていた彼女の名。隠されていた、というよりは存在すら知らなかった。てっきり六月一日というのが名だとばかり。この場合の名前はファーストネームを意味する。ワノクニ…ではないがそれに酷似した日本。そこと自分達のとは名の響きが違いすぎて名字と名前の区別がつかなかったのが原因だ。しかし名前を聞いてからは何故かこれが名前だと確かに納得した。納得したと同時に沸き上がったのは彼女を家族にしたいという想い。もっと一緒に居て色々な事を共有して手助けしたい。そう考えた瞬間には口に出していた。

たまに忘れそうになるが六月一日は3つ先の島までしか同船しないのだ。島3つなんてあっという間だ。航路によっては次の島まで1ヶ月以上掛かることもあるが、同じく航路によっては1ヶ月で島3つを渡ることもある。こればかりは航海士にしか判らない。

だから、もっと一緒に居る為にエースは行動に移した。3つ先の島まで、というのが彼女と白ひげ、エドワード・ニューゲートとの間の約束であるが2人とも話の判らない人間ではない。特に白ひげのほうはこちらが真剣に話をすればそれぐらい許してくれる。子に甘いところもあるし。
問題は彼女のほうで勧誘し始めてからこっち、色好い返事を貰えていない。はぐらかされたり話をすり替えられたり…。ただハッキリと断られていないから希望はまだある。と信じたい。

こちらの話を右から左に聞き流しながら黙々と食事の手を進める彼女に再び言葉を向けるべく口を開く。瞬間目の前の皿が横へとずらされた。何だと思うと一気に意識が飛んだ。

『っと。危ないなぁ』
「…ぐぅ」
『(食事中に急に眠るとか、病気の可能性を考えちゃうよね)』

瞼を閉じすやすやと眠るエース。寸前まで食事をし会話をしていたはずなのに糸が切れたかのように意識を失い。夢の中では夢ということもあり眠りにつくなんて事は起きなかった。

けれど視っていたしモビーに乗ってから既に4度ほど立ち会ったから最早驚きはない。そして同じく占いで視ているので何時どのタイミングでエースがこうなるかも判る。
故にその時が来たらこうしてぶつかりそうな皿をどかしてやり、倒れ行く顔を手でキャッチ。そっとテーブルに寝かしてやった後口周りを拭ってやるというアフターケア付き。私はお前のカーチャンか。
デリケートな問題を突きそうなのでこの台詞は言わないでおこう。

「相変わらず手厚いねぃ」
『おや、不死鳥のお兄さん』

せっせと健気に(笑うところである)エースの世話を焼いていればフラリと寄ってくるマルコ。何が面白いのかこちらを見てニヤニヤとしている。笑われているようでムッとする。訳でもなくただ苦笑いを溢した。

「で、どうすんだぃ」
『何が?』
「エースの誘いだ。受けンのか?」
『あー… そうだねぇ…』
「入りなよぃ。そしたらエースも喜ぶし、世話を焼いてくれる奴が居ると俺らも助かる。お前さんがいると色々と楽出来るしねぃ」
『便利道具扱いはごめんだよ』

まさかこちらからも誘われるとは。
マルコはエースと違って思惑だらけだが。自分で言うのもなんだが己が居ればこの船の連中は様々な“楽”が出来るだろう。占いによって航路は安定し、海軍・海賊からの攻撃は結界で防がれエースの相手もしてくれる。
賞金首であるという事も来歴が不透明である事も大した問題ではない。そんなのはこの船にはわんさかいるし、お尋ね者であるのはむしろステータスだ。
船を降りればネックにしかならないがそれを言ったところで「だったらウチに入れ」としか言われない。

―色んなところを転々とするより一処に腰を落ち着かせたほうが保身のため。とはもちろん判っている。そういった意味ではこの白ひげ海賊団は最良だ。なんせ船長はこの海で最も強いと言われる男。その男が率いる海賊団ともなればそんじょそこらの海賊にも海軍にも負けない。
だから判っている。この海軍団に入るのであれば見返りとして己の能力を提供しなければならない事も。持ちつ持たれつ。

けれど安易に返事を出来ない事情が彼女にはあって。せめてその事情が片付いてからとは思うが。それをエースが理解するかどうか。そして更に納得するかどうかなのである。

あぁとっても面倒くさい。面倒くさいが成さなければ。とりあえず後でニューゲートのところへ行こう。

漸くというか遂にと言うか。その面倒くさいのが目前に迫っているのである。何にしても腹ごしらえを済ましてからだが。腹が減っては戦は出来ぬ。するのは戦じゃないけども。
何だったら戦のほうが楽なくらいだ。こんな事を言ったら戦争屋どもは怒るかな。





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