ふ、と瞼を開ければ見覚えのある懐かしい風景。薄闇に包まれた世界、風が吹けば極彩色に波打つ草原。そして夜空に浮かぶ大きな大きな惑星。手を伸ばせば届きそうな位置にあるそれらを見て ほぅ… と感嘆の息が漏れる。相変わらずなんて美しい世界なんだ。

船に乗って世界中を旅してきた。海の上だけでなくコーティング船に乗って海の中さえも。それまでも美しいと言える胸を打つような光景は何度となく見てきた。けれどそのどれもが此処には劣る。

此処は彼女の夢の世界。彼女の心が影響するのだとか。故に心が荒んでいれば此処も多少は荒れる。それは未だ見たことはないが、き
っとそれはそれで退廃的な美しさがあるのだろう。彼女の心はこんなにも美しい。

『そんなところでどうしたの、お兄さん』

掛けられた声に振り返ればいつもの青い衣装を身に纏った六月一日。風によって布が揺らめき、付けた装飾品が淡い光を反射してキラキラと光る。見慣れた姿の彼女がそこにいた。
現実であれば素人の彼女が後ろに迫っているのに気付かないハズがない。しかし此処は彼女のテリトリー。己の全ては向こうに握られている。それを不安にも不快にも思わない。思う理由がない。彼女は理不尽な行動をとらない。
まるでいつかのように他人行儀に“お兄さん”と呼ぶ。嫌だ、と思うよりも懐かしかった。ほんの2年前まで“お兄さん”と呼ばれて、エースは“おい”とか“アンタ”と呼んでいて。今さらながらよく名乗りもせず過ごせたものだ。

一番大事なことは後回しにしてそれでも2人は何ら問題なく、疑問も持たず関わってきていた。どうせ実際に会うこともないからと打算的な考えもあった。けれど今は違う。夢だけではなく目が覚めて現実に戻っても彼女はそこにいる。もう以前のような不可思議で希薄な関係ではない。だったら、ちゃんと下の名前で呼びたい。そう思うのは我儘だろうか

“お兄さん”呼びをした彼女と目が合う。どちらともなく笑った。

「なっつかしーなその呼び方!そういや前はそう呼んでたな」
『そうそう。久しぶりに此処来てもらったかんね、以前を思い出して呼んでみた』
「それに対して俺は“なぁ”とか“オイ”で済ますときもあったもんなァ。お互いよくや
ったもんだぜ」

案外、人の名前を呼ばずに会話を成立させるのも苦ではなかった。これまで普通に人を呼ぶときは相手の名前を口にしていたし、されていた。それが常識として身についていたのだ。海賊のくせに、とは言わないで頂きたい。だからそれが無くとも、というのがエースには斬新としか言いようがなかった。だったら知らなくても大丈夫とはいかない。

彼女の全てを知りたい。なんて大層なもんじゃない。けれど名前ぐらいはいいだろう? 友人なんだからそれぐらい。

彼女曰くこの縁の切っ掛けはエースの不法侵入。ならば自分から始めるべきだろう。
一度会話を区切り、大きく息を吐き出す。頭に被ったオレンジのテンガロンハットをぐっと掴んだ。

「俺の名はポートガス・D・エース。海賊王ゴール・D・ロジャーの子で、世界最強の男エドワード・ニューゲートの息子でもある。…アンタの名を、聞かせてくれ」
『これはこれはご丁寧に。手前、名を六月一日 六花と申します。手前味噌ではありますが千年続く占術士の一族の当主をやっとりました。どうぞ、よしなに』

頭を下げて挨拶をする六月一日に右手を差し出す。少し気恥ずかしいがこれがおあつらえ向きだろう。きょとりと瞬きひとつして彼女はニコリと笑う。いつもニヒルに、どちらかというと男っぽく笑うことの多い彼女が実に女らしく晴れやかに笑って。そうして手に手を重ねた。

「改めてこれからヨロシクな!六花!」
『はいな』

祝福するように花びらが舞った。





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -