「なぁ、六月一日ってぇのは名字なんじゃねェのか?」

兼ねてから気になっていた。
名前の響きは勿論のこと外見や持ち物に喋り方。そして習慣。彼女に染み付いている何もかもが己の出身国であるワノ国を彷彿とさせると。しかし彼女の世界にワノ国はない。似たような国の出身ではあるらしいがそこの文明はワノ国どころかこの世界より何十倍も進んでいて。むかぁしは同じようであったという。
…これらは全て実際に彼女からではなくエースから聞かされた話だが。

2年前、あのマリンフォードから脱出してから話してくれた事だ。それまで何で話さなかったんだ水臭い!と言うクルーも何人か居たがエースも1人の男。秘密の1つや2つ抱えてたっていいだろう。最大の秘密は、エースがあの海賊王の実子という事だが。

それはまあ置いといて。その時に聞いてから今日までイゾウはずっと気掛かりだった。酷似した文化、習慣、人種。ならば名の作りも同じなのでは。六月一日というのは名字で、別に名前があるのでは。何か事情があって伏せているのかとも考えたが、それだったらそれだったではぐらかすなり有耶無耶にするなりサラリとしてしまうだろう。困ったり慌てたりだとかはしない。
そういう人物だと、ここ何日か彼女を観察して得たイゾウなりの結論だった。

夕食中、今日も今日とてエースが彼女の隣を占拠しているところにお邪魔しての一言。この光景も見慣れてきたものだ。何せ彼女が船に乗ってから食事の際は必ずと言っていいほどエースは彼女の隣に座る。気を遣っているのだろう。独りになった彼女が1人にならないように。良い子に育ってくれてお兄ちゃんは嬉しいぜ。昔はあんなにヤンチャだったのに。

そうしたところで冒頭に戻るわけだが存外彼女はあっさりと、

『そうだけど』

そう返事を寄越した。いや否定を求めたんじゃないがこれは…。対応に困るなと心の中で呟く。だが肯定されたらされたでうるさいのが1人。彼女の隣にいる白ひげの末っ子である。

「はぁ!?じゃあお前今まで俺に名字しか教えてなかったってことかよ!」
『そうなるねぇ』
「なんで!」
『名字で通すことが多かったからね。フルネームで教えても名字呼びのが多かったもんで。だったらもう最初から名字だけでいいかな、と』

社会に出て、1人の社会人として働くようになれば学生の頃と違って名字で呼ばれることのほうが多くなる。海外であれば仕事場でもフランクに名前呼びが主流だが日本は違う。明確な上下関係に規律正しい組織。昔からの体質だから今さら変えられないが、そういう事もあって出会う人には大抵名字。仕事関係で会う人にはフルネームの名刺を渡し。それでも皆六月一日+敬称付けなどで呼ぶから名前を教えるという事を失念していた。
ちなみにではあるが彼女は個人経営であったのでよくある人間関係や上司からのパワハラだとかに悩まされた事はない。雇い主は自分。従業員も自分。

なもんで親から貰った名ではあるがここのところ重要視していなかった。しかしエースにとっては重要であったらしく。あわや大火事!というところまで怒りのボルテージは高まっている。


六月一日にとってエースはただの友人。幾人もいるその内の1人かもしれないが、エースにとって六月一日は特別な人間だった。
生涯会う予定の無かった異世界の人間。己の命を救いその代償として世界を追い出された
。友人であり恩人。彼女に何かあれば今度は自分が、命を賭して。そう本気で思うくらいに六月一日という人はエースにとって大切な大切な人なのだ。それなのに名前を教えてくれていなかったなんて。

酷い。酷く悔しい。自分のこの気持ちが1mmも伝わっていなかった。2年の間待って
、焦がれて、耐え忍んで。やっとの思いで会えた時の喜びは言葉では表しきれない。貧困な語彙力ででもいいから今からこんこんと伝えるべきか。

「なんだいじゃあ教えておくれよ。そのほうが仲も深まっていいだろ?」
『意味深な発言はよしとくれよお兄さん。教えンのは構わねーんだけど、そうだね。明日にしよう』
「っなんでだよ!今でいいだろ!ここで、」
『まぁまぁそんなカッカしなさんな。エースくん、ちょいと耳貸してな』
「あ゛ぁ…?」

悪人面と呼べるその顔におお怖やと内心肩を竦める。どうやら自分の名前の価値を大分見誤っていたらしい。不機嫌な表情を治しもしないで此方に耳を寄せてくるエース。素直でいい奴だ。身内限定ではあるが。海賊なんだ、それぐらいで丁度いい。
此方に向けられるエースの耳。そこに口元を手で隠すようにしてそぅっと近付ける。そうしてゆっくり唇を動かして。

「 ! 」
『そいじゃ、ごちそーさまっした。私はこれで失礼するよ』
「あ、あぁ…。いや、待っ」

結局名前を告げずに六月一日は自分の食器を片付けて行ってしまった。残されたイゾウは渋面を作る。名前のこともそうだが火災寸前のエースを放置して行かないでほしい。いや火種を撒いたのは確かに自分だが…。火消しももちろんやれってか? いざとなったら火消し(物理)があるが面倒には変わりない。

チラリとエースを見てイゾウは驚きに目を丸くした。笑っているのだ、エースが。今し方まであんなに怒りを露にしていたというのにどういう訳か今は上機嫌。鼻歌まで歌い出しそうなくらいだ。一体何があってこうなった。

「…おいエース、どうした?急にご機嫌になって」
「ん? へへへ、何でもねェよ」

何でもないワケがない。
イゾウはそうは思ったが言わない事にした。ほじくってまた点火しても厄介だからだ。とりあえず今は我慢して明日彼女に聞こう。アイツだったらサラリと教えてくれるはず。見切りをつけてイゾウは食事を再開した。

イゾウと対面するエースは先程とは一転して浮わついた気持ちでいっぱいだった。だって、さっき彼女が耳元で言ってくれたのだ。

『夢で逢いましょう』

それがどういう意味を持つか、なんて判りきっている。2人にしか通じない言葉。あぁ夢が待ち遠しい。




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