意識せず眉間にシワが寄ってしまった。それに気付かず彼女は手に持っていた1枚のカードをするりと床へ落とす。その先に並べられた78枚のカード。彼女の大事な仕事道具の1つ。タロットカードだ。今後の行き先を見定める為部屋にこもり占いに集中していたのだが…。あまり、というか良くない結果が姿を見せた。
己にとって良くないか、周りにとって良くないかは今は置いとくてしてこれはどうするか。回避する手立てがない訳でもない。そも占いを始めたのも厄介事の有無と時期を調べたかったからだ。視ておけば対処も出来るし
、言ったように回避も可能。しかし余りにも避け続けていればいずれしっぺ返しがやってくる。
何でもかんでも上手くいくようには出来とらんのよ。結果彼女は世界を追い出された。そういう事さ。

ふぅ、と1つ息を吐く。肩の力を抜いてそっとカードに触れ、もう一度というように精神を集中させた。流れ込む風景、人、場面。起こる出来事が頭の中で収束するとやはり眉間にシワを寄せた。

『……キッツイわぁ〜…』

たったそれだけの感想ではあるが、如何に彼女が嫌がっているかが分かる。けれど、まぁ
、うん。この程度なら避けなくてもいい…か?
広い括りで見れば大層な事ではないが歯切れが悪く判断しづらいのは彼女の心情によるところが大きい。ゴロゴロと床を転がりたくなるがここは土足文化。つまり汚い。酒に走るかと考えたところで鳥かごで大人しくしていた津々四が1つ鳴いた。

ああそうね、お前もそこに居てばかりじゃ窮屈で仕方なかろう。自分も気分転換を兼ねて外へ行くか。立ち上がって猛禽類用のグローブに手を伸ばせば。嬉しそうに津々四が翼を広げた。


*****


腕に嵌めたグローブに食い込む鋭利な爪。こういった猛禽類用に拵えたグローブだってのに、それでもその鋭さを感じてしまう。何てこった嗚呼恐ろしや。まぁこれが津々四らにとって命を繋ぐ武器。下手に切ることも出来ん。こんな海の上で狩りも何もないだろうけど。
警戒か好奇心からかキョロキョロと船内を見回す様子にふふっと笑みが溢れる。可愛いなぁと思いながら甲板へと続く扉を開けた。

燦々と降り注ぐ陽光と勇ましい人の声が同時に飛び込んでくる。反射的に目を細めつつ陽の光の下へ出れば己の隊長の指導に従い訓練するクルーたち。
その隊長はこの船で彼女が最も懇意にする男―… エースだった。クルーの癖や動きの改善点などを指摘している隊長然とした様が何というか…。知らない人間のようで。ぱちぱちと瞬きをしながら見つめてしまえば焦れた津々四が髪を引っ張る。

『ああ悪ぃね津々四。今自由にしてやっからね』

津々四は賢い。故にこちらを無視して勝手に飛び立つような真似はしない。しかしそうは分かっていても一応形として、その足には足輪とリードが着けてあり。最低限の飼い主の義務というやつだ。
カチャリと小さな音を立てて足輪に繋げていたリードを外す。そらお行き、と腕をやや高く上げれば高い鳴き声を上げて空へと羽ばたいてゆく。あっという間に風に乗って上へ上へと行ってしまった。

「六月一日!」
『おぉエースくん。ごめんね、邪魔しちゃった?』
「いや大丈夫だ。お前は…あー…津々四だっけか。を放しに?」
『そ。私の気分転換も兼ねてね』

話ながら持ってきていた煙管を取り出す。ぱっぱっと火皿に煙草を押し込め火を点け―…ようとすれば横から伸びてくる手。何を、とも思わずすぃっとそちらに煙管を向けるとエースがいつかのように指で火を点けた。知った仲というのは実に心地いい。
一吸いして肺に溜まった煙を吐き出すと瞬く間に潮風にさらわれ消えていく。うーん美味い。

「…何かあったのか?」
『うん?』
「気分転換、なんつーからよぉ…。嫌な事でもあったのか」
『いやぁ“あった”っつーかこれから“ある”っつーかねぇ…。クソ気分沈むわ』

その口振りから占いで何か視たことが伺い知れた。そして内容的に彼女にとってよろしくないこと。命の危機だったらもっと狼狽え…ないな。こいつは。

などと彼女に対して適当な評価をつけつつもどこか失礼なことを考えていたエース。それを横目に六月一日はもう一度煙を吸って吐き出す。やけに深いそれはため息混じりで。面倒極まりないという感情が明け透けに伝わってきた。
飄々としていて何事ものらりくらりとかわして生きているイメージの強い彼女だが感情は当然存在する。誤魔化されたり、あしらわれたり、はぐらかされたり。年下なのに1枚上手な六月一日が珍しくこんなにも面倒だという感情を全面に押し出す。珍しいからこそ関心を寄せる。何か手伝えることがあればいいのだが。

「なあなあ、俺になんか出来ることねェのか
?」
『うーん… いやいやいや… いやー…』
「なんだよ!どういう事だよそのリアクションは!」
『まあまあそう怒らんとってよ。ひとまずこれでもお吸いになって』

何とも言えない態度にそんなに頼り甲斐がないかと憤慨すれば宥められた上に煙管の吸い口を向けられた。
またそうやって人を誤魔化す。それを口にしないよう吸い口に口付けて煙を吸えば独特の苦味。そうして彼女と同じ匂いが身に染みた。





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