ゆったりとグラスに注がれたブランデーを眺める。その美しさに思わず魅入ってしまう。深い色合い、芳醇な香り。口にはしなくとも上質なものだと理解した。飲むなら何はなくともストレート。ロックも旨いが氷でブランデーが薄まってしまう。折角良い酒を貰ったんだ。一番旨く味わえる状態で呑みたい。
少しだけひんやりとするグラス。それの縁を軽く指でなぞってから手に持った。そのまま舐めるように呑めば独特の味わいに喉が焼けるような感覚。ごくりと嚥下してほぅ…と息を吐く。うん、旨い。

つい昨日の事だった。
世話になった島から離れ、追ってきた海軍から逃げのびて。幸いにして死者は0。負傷者はそこそこだが重傷という程でもなく。まだ昨日の事なのに皆元気に歩き回り仕事をこなしている。丈夫な体に産んでくれた母に感謝しないとな。誰かがそんなことを言っていた。全力で同意。
内心で頷きつつまた一口。酒を呑む。今回の功労者にとこの上等な酒を振る舞ったのはニューゲートだった。持っていることを黙っていた管狐。まぁ言いふらすものでもないのだが、あんな大層なものを持っていて素知らぬ顔で乗船。普通なら糾弾されてもおかしくない状況。それなのにこの船の連中ときたら

目を輝かせてそれは何だもう一回見せろと。見世物じゃないからと断りゃブーイングの嵐。何処かでこんなのを見たことがあると思い返しゃ。あれだ、正月の親戚の集まりで見たんだ。連れてこられた5才くらいの男の子ども。そいつらが何ちゃらライダーについて熱く語る時の目と同じだった。子どもか。そんなツッコミはしなかったけども。

しかし成るほど分かりやすい。見たこともないものに興奮する。それが強ければ尚のこと。無論目を輝かせるんじゃなく光らせる者も居ったが。
知っていたとは言えああもフレンドリーに話し掛けられるとは。男は何時まで経っても子ども、とは確かな格言だ。

「あっ、六月一日見つけた!」
『おやエースくん』

再会してから、というよりこの船に乗ってからエースはよく彼女に話しかけるようになった。空白の2年を埋めるように。もあるが彼女を気遣っての事。白ひげの連中はそりゃあ気さくな者ばかり。昨日のことも相俟って好奇心を隠さず話し掛けてくる者も多い。けれど圧倒的に訝しむ者のほうが数を閉める。独りになりがちな彼女と、そういうのとの橋渡し役をエースが自然とするようになった。

彼女の性格上、1人であろうとも何とも思わないし話し相手が欲しくなれば自分から切り込んでいける。人心掌握の術も心得ている。占い師という職業は多少口も上手くなきゃ食っていけねぇのさ。いや、口車に乗せるとかでなくね?

上から目線になり過ぎず、かと言って下手過ぎてもいかん。相手が話を聞こうと思えにゃ意味はない。まぁ話術以上に必要なのがエースのようなコミュニケーション能力なのだが。

『どしたい、何ぞ用?』
「見ろよコレ!今日入ってきた新聞!」

ニコニコと何が楽しいのか笑いながらテーブルに置くのは新聞。この世界最大手、そして全世界共通の新聞社ニュース・クー。大きな島ともなれば独自の新聞社を構えていたりもするが世界情勢を知るならやはりここだった。
グラスを置いて新聞を手に取る。開いてみれば中に挟まれた広告が目に入って。大きく書かれたWANTEDの文字。そして見覚えのある顔。

『あ〜…』

“占星術士 六月一日”“Dead or ALIVE”“懸賞金6000万B”
ポートガス・D・エースを逃がした大罪人。妖術を巧みに操り天変地異をも起こす。等とつらつらと彼女の罪と孕む危険性を懇切丁寧に綴られていた。それは俗に言う手配書で。
こうなることは判っていたとは言えいざ見ると嫌な気分にしかならない。全く、人が何をしたと言うんだ。というかこれは一体いつ撮った写真だ。ソーニョ島で仕事をしてる時のじゃないか。恐ろしい。今度からもっと周りに気を配ろう。

「やったじゃねーか六月一日!初頭6000万たぁ大したもんだぞ!」
『嬉しくねーし。賞金首になって喜べんのは海賊ぐらいだわ』

見たくないとばかりに目の前に置かれた手配書をスッと横へやる。お尋ね者になって何故喜べるんだ。彼ら海賊にとってそれがステータスとなるのだろうが彼女は一般人。いや、こうなれば元一般人と呼ぶべきか。辛い。

とは思っているが後悔はしていない。短いようで長い人生。一度ぐらいお尋ね者になるのも面白いだろう。そう考える彼女の心は。いざとなったら占いを全力で駆使して隠遁すればいい。であった。
逃げ隠れするとはこの卑怯者!なんて言ってくれるな。こちとらか弱い女の身。真に己の力(物理)でこうなったんじゃぁない。
持ち物と占いやそっち方面には自信はあるが…。それが使えない場面に陥ったらころりと死ぬ。いや本気で。

多少は戦えるがそれだって護身術程度。必要に駆られて身につけた、凡人の枠を出ないレベル。過大評価してもらっちゃ困るよ海軍さん。

「おぉ、ついに六月一日も賞金首か。こりゃめでたい」
「今夜は宴でもするかい?お前さんの賞金首入りを祝って」
『飲みの理由にせんとってー』

彼女が賞金首となった事を聞き付けてか続々と人が集まる。その誰もが楽しそうに笑っていて。そんなに人がお尋ね者になったのが面白いかと悪態を吐きたくなった。

悪気はないのだろう。言ったが、それこそが海賊にとっちゃステータス。海に名を知らしめる事が出来れば一人前。如何にして賞金首になるか。海賊は皆日々考えている。
けれど忘れてもらっちゃ困るのが。彼女は一般人だという事。こうなっては最早一般人などではないが、持ちうる感性は限りなくそちら寄り。考え方や行動が時として浮き世離れしている事もあるが。まぁそれは今は置いといて。

これからの身の振り方を考えなければ。

穏やかな島民生活を送っていてもこちらの世界は割と死と近い。荒くれ者が多いせいだ。平穏そのものだった生まれ育った世界とは似ても似つかない。後悔はしていない。ないが
。暴力を甘んじて受け入れるつもりもなかった。
漏れそうになるため息を酒と共に飲み込む。盛り上がってる周りにゃ悪いが部屋に引っ込ませて頂こう。タロットカードをしまった場所を思い出しながら立ち上がろうと机に手を掛けた。

「六月一日!」
『んん?』
「大丈夫だ、海軍や賞金稼ぎが来ても俺が助けてやっからな!」
『それはそれは…。頼もしいねぇ』

でも出来れば人が少ない時に言ってほしかったかな。ほぅら冷やかしが始まった。





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