その日の晩。約束通り家まで迎えに来たエースと共に停泊中のモビー・ディック号へと六月一日は馳せ参じた。流石に勝負服… 占い師として働く際に着る衣装ではなく至ってラフなものを着て。それでも自分を印象づける為青いカーディガンを羽織った。いつものように胸元に銀の細筒を仕込み煙管を持ちゃあ完璧。

―持ってはいるがこの御仁を前に堂々と吸うんは憚られるなぁ。

ちょっとした山のような恵まれた体躯。その呼び名に相応しい立派な白ひげは口元から天へと伸び。まるで笑んでいるようだった。
四方を無法者どもに囲まれている。傍目から見ればあわやリンチという図だろう。ここがエースのいる船でなければ彼女とて近付こうとも思わぬ。こうして立ってられるのは余裕があるからか。それとも何事も起きぬと信じているからか。

じっと見つめてくるのはこの白ひげ海賊団の船長エドワード・ニューゲート。何を思い彼女を見つめているのか。理由を幾つか考えながらその瞳を見つめ返し薄く笑った。

「グララララ!なかなか肝の座った娘だなぁ!」
『お褒め頂き、ありがとう存じます』
「いや何。こっちこそ試すような真似をして悪かった。大事な息子の命の恩人に」

盛大に笑ったかと思えばニューゲートは居ずまいを正し、その巨体を折り曲げるように頭を下げた。結果的にニューゲートの大きな体が迫る形となって六月一日は少しばかり萎縮する。
大きいというのはそれだけで他人へ威圧感を与えるから大変だなと思う。海賊とあればそれは武器になり大分有利になろうが。

息子の命の恩人に礼として頭を下げる。それを間近で見るのが照れ臭いのかニューゲートの傍らに立っていたエースははにかみながら頭を掻いた。

「改めて礼を言う。息子を、エースを助けてくれてありがとうな」
『礼を言われる程の事はしとりません。手前は友人を助けただけにございます。友を助けるは友として当然の事にございましょう』
「グララ… そうか。だが俺も親として子を救ってくれた礼はしなきゃなんねェ。何か欲しいモンは無ェのか」

言葉一つでは足りない。何せ彼女は人1人の命を、いやもっと多くの命を救ったのだ。あのまま戦争が長引いていればエースを助けるために皆命を投げ打っていただろう。事実想定していた半分ほどであったが同胞や息子が散っていった。
決して少なくはない人数。しかしそれで留めさせたのは彼女の功績が大きい。

こう考えるのは嫌だが物にしろ金にしろ、それは分かりやすい誠意の形だった。聞いた話では彼女は酒が大層好きだという。望むなら自分の秘蔵の酒をぽんと渡してもいい。だが何故かそういう物は欲しがらない気がしていた。相対する彼女はそう言われてやや逡巡する。とは言ってもそれはフリだけど。
六月一日の中では既に何を礼として頂くか決めていた。そうしてそれが断られないことも視っている。

息を吸い込んで深く、長く吐き出す。

『ならばー… 三つ先の島まで同船させて頂けませんでしょうか』
「あァ?」
『実は先日… 海軍の大将なる御方がお越しになられまして。その際は事なきを得たのですが、恐らく。次にいらっしゃる時は手前を捕らえにかと』
「大将って… 誰だ?つか会ってたのかよ!言えよ!」
『聞かれんかったから。あとお会いしたのは黄色いスーツの御方だよ』
「黄色… 黄猿か!」
『多分そう』

お互い名乗った訳ではない。
向こうが彼女を見てやたらと首を傾げていたのはその特徴を誰かに伝え聞いていたからに他ならない。その誰かとは前海軍元帥センゴク。あの時最も間近にいて六月一日とエースに接した男。

ろくに動けもしなかったあの状況。カメラで撮ることはもちろんその名前すら分からぬ大罪人。限られた動作の中で見た容姿を瞼に焼き付け。それを海兵たちに伝えるのが残された手段。しかし2年も経っていればそれも朧気になるのが記憶というもの。




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -