生んで育ててくれた両親にもそれまで連んできた友人にも、もう二度と、会えないというのに。
この世に居るならば努力せずとも叶う事も彼女は出来ない。友人や親に会えないぐらいで大袈裟なと言える奴は恵まれてるから気付けないのだ。それがどれ程寂しいことか。
彼女は、独りだ。紛れもなく違うことなく独りなのだ。

生まれ育った町も慣れ親しんだ景色も暖かな家もここには何一つ無い。どんな世界に住んでいたかは夢の中でしか聞いていないがそれでもここより遥かに科学力が発達していて、こんなにも海ばかりじゃない筈だ。死亡率もうんと低くて、そう、平和なのだ。驚くぐらいに。暴力はもちろん武器もろくに手にしたことがない。そんな夢のような世界。手放したくはなかったろう。そこでの生活を。なのに。己1人助けたせいで。そんな事考えるなと言われても、無理だ。

嗚呼情けない。また涙が出そうだ。前はあんなに頑なに見せないようにしていたのに。男が、とかそんな器の狭いことを彼女が言わないから甘えてしまうんだ。挙げ句に責任転嫁。救いようもない。

『―平気だよ。両親はとうに亡くなっているしね』
「は、」
『友人も、会えなくったって大した事じゃぁない。私のここにちゃあんと思い出は残ってる。私がそう思ってっ限り彼らとの友情は終わらない』

そっと胸元に手を添える。心臓に、ではなく心にキチンと残っている。だから大丈夫。

別れもしっかり済ませてきた。事が事だけにその詳細を言えやしなかったが。永遠の別離。けれど死ぬ訳ではないと。納得はしていないだろう。それでも別れを回避することは出来なかった。
両親の墓は親戚に任せた。幼い頃から良くしてくれた人だから問題は無い。家だって手放したし、それまで仕事相手としてやってきた方々には他に有能な占い師を紹介した。居なくなって1ヶ月ほどで死亡届けの提出に形だけの葬式の手配。落ち度はない。あったとしてもどうにも出来ないから、まぁ向こうに残ってる連中にお願いするしか。

肩の力を抜いて笑ってみせればエースの瞳から遂に涙が溢れた。存外泣き虫だなぁとその目元に指を這わした。

『泣くない泣くない。男前が台無しだぞ』
「う、るせ…っ」

―温かい。
彼の涙はぬるま湯のようで。触れた指先が熱を持つ。生きている。

「ごめん、俺…っ 俺なんかの…!」
『いいっつってンのに。友達助けるためにした事に、一体何の罪があるっつーのさ』
「………、」
『エースくんだって、私が死にそうだったら助けてくれるっしょ?』
「っ当たり前だ!」
『ふはっ、即答か。嬉しいねェ』

思わず噴き出して、一つ息を吐く。

『…君が無事で良かった。エースくん。本当に…』
「六月一日…」
『良かった…』

この目で見、この耳で聞き、この手で触れるまで正直不安だった。

己の占いには自信を持っている。エースは生きていてこちらに向かっているのも判っていた。なのに不安で。もし生きていなかったらと思うと。何度掌に爪を食い込ませたか判らない。会えなかった2年がこんなに不安を積もらせるとは。ある意味貴重な経験だなと微かに思った。
脱力。正にその言葉がピッタリ当てはまる。彼女にしてはそれは本当に珍しい事だった。

それを見てかは判らない。流れていた涙は自然と止まりひどく冷静に彼は彼女を眺めた。思い出すのはあれだけ必死になって六月一日を捜していた理由。

言わなきゃならない事がある。

「六月一日」
『…はいよ』
「ありがとう。俺を助けてくれて、ありがとう」

ずっと言いたかった。




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