窓を打ち付ける雨の音がやたらと大きく感じた。誘われるがまま付いてきたのは彼女の家。一人暮らしには十分な広さのアパートメント。もし誰かと住んでいたらと身構えたがそんな心配はなく。
玄関を越えた瞬間から、そこはどこか遠い異国へと姿を変えた。ステンドグラス風の星をモチーフにしたランプにメダリオン模様のカーペット。所々に置かれているインテリアもエスニックに纏められていて、見ていて面白い。まるでそういう雑貨店に来ているみたいだ。

『エースくんとりま風呂入る?そのままじゃ風邪引いちゃうっしょ』
「いや、これで大丈夫だ」
『えっ』

ぼぅっと小さな火がエースから上がる。周りを燃やしてしまわぬよう極めて小さくではあるが。それがチリチリと音を立てて燃え、エースの髪や服を濡らしている水分を蒸発させていく。以前に一度見ただけのそれ。思わず『おぉ〜』と感激の声を上げる。相変わらずどういう原理か判らない。十分に蒸発させたのか、エースの体から火が消える。
此方から声を掛けようとすればギッと睨み付けながら先手必勝とばかりに口火を切った。

「それで、ちゃんと説明してくれるんだろうな」
『…うん。お話しますよ』

流石に誤魔化されてはくれないらしい。元からそのつもりは無いが。

まぁまずは落ち着いて話そうと部屋に上がらせ座らせる。そして予め沸かしておいた湯でコーヒーを淹れ、赤いマグカップをエースへ。自分はもちろん青だ。
ローテーブルを挟んで向かい側に座るとさて何から言うべきかとコーヒーに口を付けながら思案する。聞きたい事と自分が言うべき事とが同じとは限らない。まぁとりあえずはこれだろうと湿った唇を開いた。

『まずは何でここに居るかって事なんだけど…。さっくり言うと私が居た世界を追ん出されたからなんだよね』
「追い出された…?なんで、」
『エースくんを助けたから』
「は、」
『死ぬべき運命にあった者を救い、運命を乱した。例えたった1人の命でもそれは大きなうねりとなりより大きな乱れとなる』

そんな事を言っていたのは六月一日の裁判に携わった神の内の1人だった。最初こそその命で償えと言われていたが彼女がこれまで何度神々からの頼みを聞いてきたか。そもそもこうして神の声を聞き、姿を見ることの出来る人間は極めて稀。貴重な存在だ。
修行を積めば可能な者も居るが、それすらも今は少ない。だというのに彼女は初めから出来てしまった。

その才能とこれまでの功績を考慮に入れて恩赦の追放。それがどうしてこの世界へ来させられたのか。知る由も無いが検討はつく。…しかしそれにしても。己の世界を乱したというのに、ここの神は彼女が来ることを喜んでいた。つまりはそういうこと。罪人だとしても手放すには惜しいと。

『ぐちぐちねちねちギャンギャンガミガミ説教垂れやがって…。クソうぜぇったらない』
「…じゃあ何で2年も夢で会えなかったんだよ」
『裁判中だったからね。他者との接触は禁止されてたんだ』

それはもちろん、術を使わないと会えない人間限定だが。普通に向こうの友人やらには会えていたし仕事もしていた。別段困ることは何もない。こうしてエースには心配を掛けてしまったが、しょうがないからしょうがない。多少の申し訳ない気持ちはあるけれど。

一息吐くつもりでカップに手を伸ばす。エースを伺い見れば神妙な面持ちで手元のカップを覗き込んでいた。あぁこれは自責の念に刈られているな。

事実六月一日のそれは当たりで、エースは1人静かに歯を食い縛り拳を握りしめ自らを責めていた。己を助けたせいで彼女が世界を追われた。家や国どころじゃない。世界をだ。それがどれ程のことか。判らない程馬鹿でも子供でもない。
やっぱり、あの日。助けなど求めずに死んでいればよか

『それ以上クソな事考えてっと不能にすんぞ』
「!? こぇーな何だよいきなり!」
『何だよも何もねーよ。ふざけた事考えてっから悪い』
「…っだって!お前が俺を助けたせいで!」
『いいんだよ、判ってた事だから』
「でも!…もう二度と友達にも親にも会えねーんだぞ…!!」




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