刹那。ぴたりと全ての音が止む。最初はその異変に気付かなかったエースも数秒経てば違和感を感じ取り。のろのろと顔を上げると、一体どういう事なんだ。

そこに詰め寄っていた全ての者の動きが止まっていた。

時が止まったのかと思ったがいいや違う。海は波打っているし雲は動いている。大気は止まっていない。海賊と海兵たちだけが動かないでいた。完全な制止というのではなく、皆小刻みに震えている。動こうとする意志と止めようとする意志がせめぎ合い均衡しているのだ。
でも、何でいきなりこんな。言葉を出せないでいれば嗅ぎ慣れた煙草の香りがした。そっと振り向くと、すぐ傍に蒼。

『やぁっと呼んだねお兄さん。なかなか呼ばねーからヒヤヒヤしちゃったよ』
「六月一日…!」
『おぉ、なんかエースくんに名前呼ばれるの新鮮だわ』

名乗りあった事もないのに当然のようにエースの口から、六月一日の口から互いの名が出る。彼女がエースの名前を知っているのはまぁ分からなくもないが。
エース自身すんなりと彼女の名を言ったことに驚いている。それも全て六月一日の術の内。エースが心から生を願い助けを欲する事でのみ己の名が出るようにし。それが他の者共の動きを止める引き金としたのだ。あの時、言葉を制したように見せて実は術を施していたと知ったら彼は怒るだろうか。

吸い口に口付けながら処刑台からの景色を眺める。数人の意識が此方に向いているのが判るが、まぁどうにも出来ないから放っておこう。犇めき合う何千という人々。理由はどうあれ行動の根源はエース。

『愛されてるねぇ。羨ましいわ』
「…あぁ。だから応えなきゃならねぇ」
『そうだね。んじゃちょっくらお待ちになって』

煙管を持っていない方の手で胸の谷間に指を突っ込む。とんでもない所から取り出したのは銀色の細筒。細やかな細工は見事なもので、売れば幾らになるだろうかと無粋な事を考える。

労るようにそれを親指で撫でるとエースの背後に回る。嫌に静かだからか六月一日の衣擦れ一つが大きく聞こえた。耳をそば立てているつもりは無いが必然的にそうなっていると彼女が『三ツ蜂』と何かを呼ぶのが聞こえ。呼ばれた"何か"か彼女が手枷を弄っているのか。かしゃかしゃと小刻みに手枷が動く。しかし何だかこれは。生き物が錠穴の中を這いずっているような…? と考えていればごとりと重たげな音を立てて鎖ごと手枷が落ちた。

途端に気持ち悪さや倦怠感が消え、自分の中の火が蘇って来るのが判る。ゆっくりと立ち上がり手を見つめる。火となって燃えた。

『へぇ、本当にそんなんなるんだね。すげぇ』
「そういや見せんの初めてだったか」

夢の中では色々と制限されていたから。

「な「貴様…っ 一体、何者だ…っ」

低く苦しげな、しかし確実な怒りを込めて第三者が声を発する。同じく処刑台に乗っていた海軍本部元帥・センゴク。おや、と目を瞬いたのは彼女。術で動きを封じている筈なのに言葉を発し、あまつさえ非常にゆっくりではあるが此方へ体を向けようとしている。
手を抜いたつもりはないんだがなぁ。思いの外この男の精神力が強かったという事か。いやはや天晴れ天晴れ。

『問われているのは手前にございましょうか』
「それ以外に…っ 誰がいる!」

激昂するセンゴクを睨み付けながらエースが小声で話し掛けてくる。見えているのかと。



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