そうか実体ではないのか。それならよしんば見つかったとしても危害は加えられない。己がその分責められるだろうが、それでいい。彼女は弱いからきっと鞭打ち一回で気を失ってしまう。

彼女が此処に来てしまってかなり怖くなったが、それも安堵に変わった。彼女が安全なら。口元が緩む。

『ね、これならバレない』
「そうだな、これならバレねぇな」

まるで秘密を共有する子供のようにクスクスと2人は笑う。事実この事は誰にも言えない。エースしか彼女を見れないし声を聞けない。他は誰一人として。これ以上の秘密があるだろうか。
インペルダウンに来て初めて笑った気がする。そう思うと何だか心がじんわりして勝手に涙が滲んだ。情けない。泣き顔を見せたくなかったからあの日決して顔を向けなかったのに。これではあの時の行いが無意味ではないか。ぽとり。涙が一粒落ちるのと一緒にエースも頭を垂れた。

項垂れるエースの頭に手を伸ばす。実体が無いのだ。触れられる訳もなく手は頭を通過するだけ。夢の中ではあんなに簡単に触れるのに。

実を言うと、やろうと思えば体ごと来ることは出来る。しかし然もの彼女にもそれは負担が大きかった。加えて準備に時間が掛かりすぎるし、来れても僅かな間だけ。こうして思念体だけでもそれなりに時間は掛かるが実体ごとに比べたらうんと早かった。

『泣かんとってよお兄さん』
「な、いて、ねぇ…!」
『そっか…。…あんね、私が此処に来た理由だけどね』
「…っ?」
『お兄さんを助けたいなって思って』

息を飲む音がした。
小さく鎖を鳴らしながら信じられないと驚愕の表情を浮かべたエースと目が合う。恐ろしい事を言ってのけた彼女は変わらず笑っていて。その真意が量れない。

どれぐらい本気でそう言ったのか。判らないし、判りたくもない。まともに武器も振るったことのない女が何を。止めてくれ頼むから。彼女の姿も声も他人には一切聞こえないとしても。万が一があったらどうする。此処には屈強な看守がいるし、逃げられても海軍が黙っちゃいない。世界を敵に回すのか。
言いたい事も言わなきゃいけない事も山ほどあるのに、いや有りすぎて言葉が喉に突っかかる。

そんなエースを見ながら次いで彼女が口を開く。

『私はね、お兄さん。お兄さんが亡くなるの嫌なんだよ。私はもちろんお兄さんの周りもね』
「…俺は、鬼の子だ…!」
『そうかもね。でもそれがお兄さんを処刑する理由にはならない。なってはいけない。そんな不条理を許せるものか!』
「!」
『生きてりゃ不平等不条理なんてごまんとあらぁ。だからといって友人が死ぬっつー瀬戸際で黙って見ていられるほど腐っちゃいねーよ私は』

珍しく声を荒くする彼女に目を丸くする。夢の中でふざけて怒ることはあった。けどそれはおふざけの延長線だ。本気じゃない。しかし今の彼女は本当に怒っている。あの男の子という事で処刑される事にも、恐らくそれをしょうがないも受け入れているエースにも。
怒りを和らげるように大きく息を吐き出した。

『……けど、お兄さんかどうしても助けてほしくないってんなら私はその意思を尊重するよ』
「俺は、」
『もし、どうしても、何がなんでも生きたくなって、でも自分じゃどうにもならないってなった時は私の名を呼びんさい。残念ながら今はまだ助けらんないからね』
「名前って…。俺お前の名前なんて」
『必要となったその時に自然と出るさ』

そう言うと彼女はすぅ…と消えていった。この為だけに来たのだろう。もしくはタイムリミットが来たか。困惑するエースを他所に彼女はやっぱり笑ってで消えた。
後にはただ歯を食い縛るエースと静寂を取り戻した牢屋だけが取り残された。



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