ぽちゃん。ぽちゃん。
定期的に水の落ちる音がする。この静かな空間でただそれだけを聞いてると気が狂いそうだった。反響する自分の呼吸と鎖の音。監獄というのは初めて入ったがこんなに静かなものなんだろうか。比較なんてする気は起きないし、出来ない。もう間もなく、5日後には自分は処刑される。さっきまでまるで憂さを晴らすかのようにエースを殴っていた看守が楽しそうに言っていた。

生気を感じさせないエースの瞳に鮮やかな青が映る。

『こりゃまた随分な有り様だねぇお兄さん』
「な…っ」

声と色に弾かれるように顔を上げれば彼女が居た。夢の中でしか会った事がない彼女。名も知らぬあの人。変わらない蒼の衣装に金の装飾品。
鎖に繋がれたエースと視線を合わせる為にしゃがめばしゃらんと飾りが揺れた。顔に掛かりそうになる髪をそっと耳にかける。そしてにっこりと笑って。

『来ちゃった』
「何してんだお前えええ!!」

思わず全力で叫べば反響して鉄格子を揺らす。こんな大声を出せば看守が来てしまうかもしれない。だがそんな事気にしていられない程、今のエースは色々な感情がごちゃ混ぜになっていた。
多くは怒りや驚き。しかし確かに喜びもあった。食って掛かるように身動ぎを取れば腕が痛む。そんな事知るか。

「おまっ、此処がどこか判ってンのか!?
『判らないね。お兄さんの世界のこと私知んねーもん』
「だったら教えてやる!いいか此処はな、」

唸るように声を上げるエースの唇に人差し指を当てて言葉を止める。言いたい事は判ってるし、此処が大体どこかも判る。エースが捕まっているのだ。犯罪者が収容される所と言えば刑務所。だがエースと彼女の世界は違うのだ。その規則や厳酷さは想像を絶するほど差がある。

そんな所に部外者が、それもあのエースの牢の中にまで入っているのが見つかったら…。その場で殺される方がまだマシな処分だろう。それぐらいこのインペルダウンは危険なところ。エースの瞳から焦りや不安を感じ取って落ち着かせるようにいつものニヒルな笑みを見せた。
彼女が何もせずのこのこ来る筈もない。

『大丈夫。人払いは済ませてるさ。それに誰か来たとしても私にゃ気付かんよ』
「何を、」
『私の足元見てみんさい』

頭に疑問符を浮かべたまま、それでも素直に彼女の足元を見る。青いスカートの裾から覗くサンダル。足には綺麗にペディキュアが施されていた。
これがなんだと言うのか。首を傾げればその所作だけでエースの考えを読み取ったのだろう。彼女の口からため息が漏れた。失礼じゃないか。

『そうだったお兄さんはおつむが弱いんだった』
「あ゛ぁ!?」
『よぉっく見てみ。私影ないっしょ』

馬鹿にされてギリギリとしながらも彼女の足元を再び見れば確かに影がない。それどころかぼんやりと透けていて輪郭がハッキリしないではないか。
自分の影と彼女とを見比べてもやはり無い。



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