それに従って森の中を突き進む。垂れ下がる蔦や行く手を阻む草を掻き分けて。これだけ草があるのに虫が一匹もいない所はやはり夢。きっと彼女はあまり虫が好きではないのだろう
引っ掛かっていた違和感が顔を覗かせる。この緑多い中にぽつりと浮かび上がる赤。花や木の実の赤ではない。艶やかで光沢があってー…。そうだ、あれは彼女の衣装だ。

「!」

がさっ
音を立てて茂みから出れば彼女の前に出る。やっと見つけた。安堵の息を吐くもどうにも様子がおかしい。木にもたれ掛かったままピクリとも動かない。真っ赤な衣装も相俟ってまるで出血して死んでいるようだ。恐る恐る触れてみるが、体温は感じられない。此処が夢だからかそれともまさか本当に。
肩に触れていた手を、頬へと移す。どことなく色付いているように見えるが…。思っていたより長い睫毛を見ながら声を掛けた。

「なぁ、なぁって。起きてくれよ、なあ」

呼ぶ名が口から出てこないのがもどかしい。聞いておけば良かっただろうか?でもその機会はとうに逸脱しまっていたし、何より知らなくても問題なく過ごせるこの空気が好きだった。
それはきっと女も同じだったのだろう。だから今まで名を教えずにきた。でも今は少しだけ後悔している。

「おいってば、…頼むから」
『……そんな切ない声、出さんとってよお兄さん』

丁寧に、しかし起きるように体を揺すっていれば唇が動く。少し掠れた声音は確かに彼女のもの。伏せられていた瞳が真っ直ぐにエースを見る。
意思の強さを感じる黒曜石。その名の石があると知ってからはどうにも彼女を連想するようになったのはごく最近の事だ。エースの肩に手を置いて緩慢な動作で立ち上がる。思わず呆然と見てしまっていたがエースも慌てて立ち上がった。

「お、起きてんなら早く言えよ!」
『おかしな事を言うねお兄さん。夢の中で起きてるも何も無いでしょう』
「うぐっ、それは、そうだけどよぉ…!」
『そも寝てたとか死んだとかじゃなく今来たんだよ』

現で友人と酒を飲んでいたらしく。いつもより帰宅するのも眠るのも遅れたとか。それを楽しそうに語る彼女に機嫌が急降下していくのが分かる。

自分が必死こいて捜してたというのに。それも自分の知らない人間の話を楽しそうに言うなんて。彼女にだって友人の一人や二人居て当然なのに腹が立ってしょうがない。まるで彼女の友人は自分一人だけだとでも思っているみたいだ。
唇を尖らせて如何にも不機嫌ですと言わんばかりのエースに笑みを溢した。手を伸ばしてエースの鼻をきゅっと摘まむ。

「ふぬっ」
『そんな可愛い怒り方せんとってよお兄さん。これでも2件目のお誘い断って来たんだから』
「にへんめ…?」
『そう。飲み屋ハシゴしよーぜって言われたんだけどね、お兄さんが私を待ってる予感がしたから』



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