しかしそれにしてもどんな理由で。あの夢を見なくなったのだろうか。元親は海を眺めながら考える。やはりあの占い師が知らず内に手助けしとったんだろうか? 頃合いも丁度彼女に会ったその晩の出来事。そう考えるのが妥当だが。特別何か施された感じはせんかった。呪いや祈祷ならそれらしく祝詞やらを唱えよう。
嗚呼いかん霧が出てきた。野郎共に岩礁に乗り上げんよう。用心しとけ言わんと。今日は安芸・毛利と戦がある。戦というよりは領土を奪い合う合わないの為の牽制。軍艦引っ下げての睨み合い。もしもを考えて武装はしちゃいるが。使う事にゃならんだろう。こうやって睨み合うのこれで二十数回目。慣れたもんだし飽きたもんだ。
「……あぁ?」
自慢の富獄の船首に立って周りを見下ろす。周囲を警戒しながらも。ふと空を見上げたならば。青く輝く星が一つ。瞬いていた。夜でもないのに。いやそれにしてもあれには見覚えがあるような…。つい最近。何処か、で。 否。それだけではない見覚えがあるのは星だけじゃあない。海も船もこの霧も。今まで飽くほど見てきたじゃないか。毎夜の夢に。どっどっど。心臓の動きが速まる。嫌な予感しかせん。暑くもねぇのに汗が。ぶわり。噴き出す。
何だ。何だどうしてだ。どうして夢と同じなんだ。よもやこれが夢なのか?いいや此処は現だ。暑さも判るし潮の匂いだってする。何よりこの。早鐘を打つ心臓が。偽物とは思えぬ。 現。これは夢なんかじゃない確かにそうだ。なら。いや待てよ。最後に見たあの夢の終わりは。
「っ!!」
勢いよく振り向きゃ。刀を振り上げる黒い影。驚愕に目を見開くよりも。恐怖に固まるより速く。肩に担いどった碇槍を盾にしつつ。襲い来る凶刃をはね除けた。躱せた。防げた。その事が何より意外で。夢じゃ初陣の時みたく竦くんで動けんかった。然れど今は。 黒い影が低く呻く。びくり。肩を揺らしながらも正体を突き止めようと一歩二歩と近付く。そうすりゃあまるで図ったかのように。霧が晴れて太陽が姿を現し。黒い影の正体を白日の下に晒す。見覚えのある顔だった。
「テメェは…っ」
あの日。占い師の噂話をしていた一人の家臣。つまりは元親の部下、だった。そんな男が刀を持って。苦しげな表情を浮かべて。主君である筈の元親を睨んでおった。これは謀反か。はたまた毛利の仕組んだ事か。今すぐに判る事で無し。判ることと言や。あの夢が今日この日を表しとって。そしてあの占い師の言葉が無ければ。自分は命を落としとったっちゅーこと。取り押さえられる男を見ながら。それでも一つ思うんは。 この事が片付いたら彼女に礼を言いに行かねばな。
しかし元親がそう思っとった頃には。六月一日は城下町を出立しており。以後二人が会う事は二度と無かった。
終
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