とりあえず男を仰向けにして。遅いかもしれんが。毒がこれ以上回らんよう。傷の近くをぎゅっと縛って。血の流れを止める。お次は解毒。これが呪いや祟りが原因であったならば事はもっと簡単だったんに。持っとる薬草で事足りるか? 伝説とまで語られるこの男が倒れる程のものだ。自分の持っとるんじゃあ確実に。役不足。然れどやらんよりは良いだろう。
しゃがんで先に傷口を綺麗にする。竹の水筒を傾けて。刺激せぬようそっと洗う。またどっかで水を調達せんとなぁ。洗い流しながらンな事を考える。だって水は大事でしょう。飯は多少我慢出来ても。水は必要だ。倒れっちまう。 擂り潰した薬草を傷口に塗り込んで。縛り付けとった布をお次は包帯がわりに。まあ、多分。これで大丈夫だろう。さて、と。
屈伸をするように。よっこいせ。立ち上がる。己がやれることは最早無い。後は本人の体力と運が頼りだ。彼女は然るべく手出しした。けれどでも。武士の情け。なぁんて言うつもりは無いが。痛み止ぐらいは置いといてやろうかね。なんて優しい。…笑うところだよ。 まるで大仕事を終えたかのように伸びを一つ。此処まで運んだんは三ツ蜂っつーのに。煙管を取り出しさては一服。習慣ともなればその動きに淀みはなし。肺いっぱいに吸やぁ。あーぁ落ち着くったらないね。
『左様なら風のお兄さん。次に会っても殺しに来んとってよ。』
ただただ憂倶すべきはそれである。さあとっとと退散しようか。
ー間ー
ぱちり。兜に隠された瞼が開く。ゆるゆると左右を見りゃ。目に入るんは岩肌のみ。薄暗い。洞窟か。脳は早々に此処が何処かを導き出す。何故こんな所に居るのか。少なくとも意識が途切れる前に。見たんはこんな景色じゃなし。誰ぞかが連れてきたか。或いは獣が己を喰らう為に持ってきおったか。 どうやら後者は無いようだ。多少自由になった体を起こせば。ビリビリと熱のような痛みが走りよる。なんとまぁ。無様にも避けきれず手裏剣に当たってしもうた所が。手当てされとる。しかも御丁寧に解毒されて。成る程これのお陰で死なんで済んだか。此処に運んだんもそいつだろう。とんだ御人好しも居たもんだ。こんな如何にもな風体の男を。既に居らんくなってるところを見ると立ち去ったらしい。ふむ。御人好しじゃあるが。馬鹿ではないか。
すん。鼻を鳴らしゃ。葉や薬の匂いに混じって何ぞかが香る。これは、煙草か。なれば相手は男だろう。この巨漢を此処まで持ってこれるのだから。ふと横を見れば半紙に包まれた薬。感謝は生まれず疑念がむくむくと湧く。
飲むこたぁせんがそれを手に取ると。ひゅぅるり。入り込む風に乗って姿を眩ませた。
終
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