トリップ編
(占星術士の全国行脚)
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手が濡れるという不快感よりもよう知らん人間の濡れた髪が肌にへばりつく感覚が嫌だった。おぞましいの一言に尽きる。粟立つ肌。今すぐにでもこいつを捨てちまいたいがぐっと堪え。三ツ蜂が持ってきた板。呪詛をよぉっく見る。
人形に整えられた板。巻き付く髪は。ははぁ。ふむふむ。やっぱりね。右巻き。やれやれ穏やかじゃないな。川に飛び込む清史郎を見つけた時点で。穏やかさは微塵も無かったが。

恐らくこの髪を解きゃ。人形の板には清史郎の名が綴られとる事だろう。それが清史郎を。延いてはこの家を苦しめとる原因。此れをこのまま放置しておけば何れと言わず早々に清史郎は死ぬ。それで終わりゃまだ良いが。だけども此れから感じる恨みというか執念は終えてくれんだろう。その後必ず悟郎とその妻にも影響が出る。いやぁ、それ程までに想えるとは。感心しちゃうね。真似たかないけど。

『男なんぞ他にも居んのにねぇ。』

過去にも何人もそういう客が来た。一人の男に、女に執着するのが。さっさと見切りをつけて新しい恋を見つけりゃいいものを。そう言えんのは己が当事者でないからで。あまり物事に執着しない性質だからで。けどこういうんを目の当たりにすっと、本当そうで良かったと思う。

呪いの源。呪詛。そいつを井戸の縁に置き、荷の中から鋏を一つ。取り出して。じょきり。板に巻き付いとった髪を切った。はらりはらり。少しずつ落ちてゆく髪。見えてくる名。そして薄らいでゆくおぞましい気配。
しょきん。最後の一本まで余す事なく髪を切り落とす。やはり書いてあったんは清史郎の名であった。分かっちゃいても眉間に皺が寄っちまう。やれやれ。こう言うのも何度目だか。

小さく溜め息を吐いて。ぐっと腹に力を込める。そうして氣を込めた息を人形の板に吹きかけりゃあ。するんっ。清史郎と書かれた文字がどっかへ飛んで行っちまった。宙に舞って、散って。まぁ一先ずこれで大丈夫。けれどもこの板と髪も処分せにゃならん。

『…さっき、焚き火やってたよなぁ。』

何ぞ燃やしておるのか。庭の方で落ち葉を集め火を点けておった。そいつにこれを放り込んじまおう。そうすっとどうなるか。勿論判っちゃいる。清史郎に呪いをかけた奴が。己の呪いに苛まれる。呪詛返しだ。返されたもんは倍になって主に返る。清史郎を死に至らしめようとした。その倍。当然死は免れぬ。同情なんかしやせんで。
因果応報。悪因悪果。呪う方が悪いのだ。こういう事に関して六月一日は厳しかった。それのもたらす物の重さを。よぉく知っとるから。


呪具をサッと持っとった懐紙に包んで。来た道を戻る。さくさくと戻りゃあ今も変わらず焚き火をしておった。次から次へと女中が枝やら落ち葉やらを放り。ふむ。ならばあれに紛れさせよう。火の番が更に落ち葉を燃やそうと何処かに姿を眩ませる。火を見てる意味が無い。だけども今は助かる。居なくなったその隙に。懐紙に包んだそれを。
ぽーい。
火に投げ入れた。元は濡れておっただけに火の点きはイマイチだったがちょいとすりゃあ。絡み付くように呪詛を覆い尽くし。まるで食むようにしてあっという間にその身を炭へと変じた。その成り行きを見つめ。さて此れで一安心と息を吐きゃ。

きゃああああああ!!!

響く女の悲鳴。この場からちょいと離れとるが屋敷内は確実。返ったんだろう。呪いが。恐らく目も当てられぬ程無残で悲惨で惨たらしい。
昔にも何度か呪いを返された者の末路を見たがそのどれもが凄惨なもんだった。そういう、ものなのだ。

『人を呪わば穴二つ。』

良いことはなぁんもない。


*****


朝露が葉を湿らす霜降の折。うっすらと朝靄が残る中二泊泊まる事となった悟郎の家。其処を出立すべく六月一日は玄関先に立っとった。ようやっとまともになった清史郎とその父母に見送られる形で。

「本当に、本当にありがとうございました…!なんと、御礼を言えばいいか…っ」
『いやぁ、手前は大した事はしとりません。ほんの少し助力致したまで。清史郎殿のお心の強さがあった故にございます。』
「そのような事は…っ 私共々誠に感謝致しておりますれば。何卒暫くの御逗留を!」
『嬉しい申し出ありがとうございます。然しながら先を急ぐ身。長く一つ処には留まってはおれぬのです。』
「ですが、」
『既に御礼も頂いたというのにこれ以上は過ぎたるものです。…ですが、そうですなぁ…。何時か再び此方に立ち寄った際には、また宿を御借りできれば幸いにございます。』
「っはい、是非!」



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