さてどうしたものかと考える。 それでも呑気に煙管を口にしていることから彼女にとってさして重要な事柄ではないのだろうと伺えた。
煙管から唇を離し一息に煙を吐き出す。鼻に慣れた香りとは別に木の葉の、植物の匂いがした。周りを見渡せば辺り一面木々。深い色合いの緑から紅く色づいたものまで様々。同じものは一つとしてない。 緑色は目に優しいと聞いた。なら自分が着ているこの外套は目に優しいか否か。フンと鼻を鳴らして裾を摘まみ上げた。否に決まっている。こんな天色のもの。 果たしてこんな色合いの着物を着た人間がこの国にどれだけいることやら。差し色としては有りだろうが主としては無しだろう。好きな色ではあるがこうなるとなかなかキツいものがあった。オンリーワンを尊ぶ風潮は400年後にやって来る。今じゃない。
更に残念というか彼女のやる気を殺ぐのが天色の裾に咲いた大輪の牡丹。花に相応しく牡丹色のそれを金糸が縁取っている。金の掛けどころが可笑しくないか。いや、いやいいそんなところはこの際。
『荷ぃ重…』
糞が。 つい出そうになる悪態を手で口を抑えることで回避する。無駄なあがきとはよく言ったもので口にしなくとも心で思っただけでアウトだったりする。勿論それも重々承知の上。 しかしながらいつでもどこでもどんな境遇でも神に唾を吐き捨てるような行為はしない、などというほど信仰心が強くもないので思うだけはさせて頂く。いいだろうそれぐらい。許されるだろうこの状況を持ってして。
選別される対象は日に日に少なくなってゆく。その中から自分を、その人間性を加味して選んだのだから説教は飲み込め。お願いします。
大丈夫、頼まれ受諾した以上やる事はやる。きっちりと。途中放棄はしないさ。一服は終わった。火皿に詰めた刻み煙草を土の上に落とす。山火事になどならないようちゃんと配慮してある。祟られるのは御免だから。 よっこいしょ。歳の割に年寄りくさい声を出して腰掛けていた木から立ち上がる。胸元の、着物の合わせ目に差しといた銀細工の細筒がころりと地面に落ちた。妖しく存在感を醸し出すそれを救うように掬う。カリカリと爪を掻く音がする。抗議しているらしい。
『そう怒んない。今度はしっかり入れとくから大人しくしとって』
ぐ、ともう少し深く差し込みそこをぽんぽんと叩けば静かになった。良い子。
落葉、伸びた草、折れた枝。それらを踏みつけ進む。ふと見えた木の合間から青々とした山脈が見える。 偏った色の集まる森の中、彼女の着る蒼だけが異様に浮き立っていた。
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