トリップ編
(占星術士の全国行脚)
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その時竹中半兵衛は珍しく苛立っていた。冷静沈着を体現する彼にしては本当に珍しく。原因は言わずもがな。先日目の前で姿を眩ました彼女である。あんな、あんな間近に居ったのに。みすみす取り逃がした。
最早味方に引き込めなかった事が腹立たしいのではない。この日ノ本でも。優れた軍師として名の通っている自分が。女一人に逃げられたのだ。それが堪らなく半兵衛の誇りを傷付け。いつも通りを装っておるが。その心内は怒りを燻らせていた。

このままじゃ済まさん。何がなんでも取っ捕まえてやる。流石に相手は女。痛めつける気は毛頭無いが。それでも一度は捕まえにゃ気が済まん。そんでもって豊臣に。それは譲れぬ。その為にはまず何をすべきか。有能な軍司さまは行動も早く考えを纏めるのも迅速。あの晩配置に着かせていた忍を集め、女の顔を見た者を問うた。第一に似顔絵の作成。これがありゃぁこの話を知らぬ忍でも大丈夫であろうと。

だがしかし。ここでも彼女は半兵衛を苛立たせる。

「見えなかった、だって…?」
「は…っ。確かに顔の見える位置から待機していたのですが…。どういう訳か。その顔に靄のようなものが掛かっておりまして。」
「煙管の煙かい?」
「いえ。それとはまた違うようで…。言葉にし難い白い靄が女の顔にずっと掛かっている状態でした。」

一体どういう事だ。女は妖術使いだとでも言うつもりか? 預言に加え妖術。何者なのか、その正体についての謎が深まるばかり。ぎりり。思わず歯軋り。それも仕方ないというもの。よもやあの竹中半兵衛が女一人にここまで振り回されるとは。称賛を送るべきなのだろう。だけどもどうにもその気にはなれず。彼女には納得のいかない事柄ばかりだから。現在で言うところの科学的根拠が無い。それが半兵衛を苛立たせる主な原因であった。
戦術で負けるならまだ腑に落ちるのに。

「絶対、捕まえてやる…。」

逃がすものか。こうなりゃとことんまで追い詰めてその手の内を全部明かさせてやる。首を洗って待っていろ。


ー間ー


『ひっぐしゅん!ひぐしゅ、ぐしゅん!』
「あらお客さん風邪ですかぁ?気を付けないと。」
『んん゛っ。いやぁ、これは風邪じゃないから。』
「?」

とある街道の茶屋にて。
長椅子に座って一休みしておれば途端嚔が出るわ出るわ。看板娘は風邪と言っておるけども。六月一日はこれが何か知っている。誰かが己を噂してるのだ。よく言うでしょう?三度の嚔は人に噂されとる証拠と。はてさて己を噂する人物とは。思い当たるのは二人。だが内一人はそうそう人の事など話に出すどころか思い出しもせんだろう。となれば。やはり先日関わったばかりの薄命の男。まあ目の前で堂々と姿を眩ませたのだ。噂もするだろうて。彼女の見立てじゃあれはなかなかに誇りが高く執拗な性格。出来るなら境にゃ近付かん方が懸命だろう。出来るなら。

諸小手の付いた手で乱雑に口元を拭う。あら何て男らしい。そんでもって素朴な看板娘の淹れてくれた茶を。ぐびり。飲み干して。お勘定済ませて立ち上がりゃ。小休止は終わり。一歩二歩三歩と歩き出す。今日は何処まで行こうか。
残念ながら宿場町まで遠いから野宿は決まりだなぁ。獣や山賊に気ぃ付けんと。それもそうだが追っ手にも、だろう。いやはや全く。悪い事はなぁんにもしとらんのに。出そうになる溜め息をグッと堪える。だってこれ以上幸せに逃げられたくないもの。

彼の人は、溜め息が多そうだ。




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