さぁさ落ち着け落ち着け。もう怖いもんは何も無いよ。嫌なとこを通しちまったね。ごめん、ごめんよ。もう二度と…はどうかなぁ。もしまた同じような事があったら使わざるを得んからなぁ。
さて。ここで種明かし。何故大阪の山中で木の虚に飛び込んだ彼女と津々四がおるのかと言いますと。人の領域では無いところを通ったからに他ならない。満月。その夜。月光が射し込む木の虚は人ならざる者の世界に通ずる。昨晩は生憎の雨であったがあの時刻、あの一瞬のみ。雨が上がり月が姿を現すのを彼女は視た。故に。津々四は別の虚から入らせ中で落ち合い。蟻の巣のように幾枝にも別れた道の中から此処を導きだした。という訳。 どうにか大阪から離れる事が出来た。一安心。ならばこれを繰り返しゃ豊後まであっという間じゃねえの。残念。そうは簡単に行かぬのが世の常。人ならざる者の世界に。人が我が物顔で通れると思うなよ。長く居ればそれだけ体や心に支障を来すというもの。まぁ六月一日ならばその心配は無いけども。お互い生きるべき世界で生きねばね。
という事があって一人と一匹は木の虚から吐き出されてきた訳だ。大分落ち着いてきた津々四の足を見る。個体識別番号付きのタグのように貼り付けられた札。呪い(まじない)のような何ぞかが書かれたそれをぺりっと取っ払い。かちかち。火打ち石で火を点け灰と化す。これがあったから津々四は目を回す程度で済んだのさ。無かったらどうなっとったか?ご想像にお任せするよ。
『落ち着いたかい? 良い子。怖い思いをさせちまったね。』 「くるる…。」 『可愛いねぇ。お詫びに暫くは私の肩で休みんさい。』
重いとは思うが仕方あるまい。負担を掛けさせちまったんは此方の責。せめてこれぐらい甘やかしてやらんと。きしり。津々四の鋭利な爪が肩に食い込む。それなりに色々着込んでいたつもりだが。そんなものまるで感じられぬ。 鋭く研いだ刀よりこの方が余程恐ろしい。艶やかな羽を、その背を。二度三度撫で付けいざと立ち上がる。
山間を揺蕩う雲海を見下ろして一歩を踏み出す。さぁ、旅の再開と行きましょか。
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