トリップ編
(占星術士の全国行脚)
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なぁんて自分の趣味を披露してどうする。何だか今日はいつもの自分と違う気がする。夜が己をおかしくするのかそれとも。やれやれ。最近は不慣れな事ばかりで肩が凝っちまう。

『こうして御会いしたのは。』

おや。本当に二枚舌。此方に顔も向けないで何が会うだ。しかし話の腰を折らんよう大人しく黙っておきますとも。

『直接御断りせんと諦めて頂けんと思ったもんで。』
「文だろうと直接だろうと、諦めるつもりは無いよ。」
『まぁ… でしょうなぁ。』

判っていた事だ。この男は手に入れたいと、豊臣軍に必要だと判断した人材は汚い手を使ってでも手中に納めようとする。恐らく諦めるのはそれが亡くなった時か自分が亡くなった時か。残念ながら今暫くその両方は起こり得ない。いや、ちょいと待てばあの男。半兵衛は床に伏せようが。それを待っていられる程、余裕は無いのよ。

ならば何故。こんな風にして会う事を心したのか。先を急ぐ旅である。警戒が解かれるのを待って何時までも町に潜んではいられない。いくら津々四が優秀とは言え。こぉんな派手な身なりの奴が町に居続けたらやがて足が付く。見つかって囲まれたら逃げられない。訳じゃないが。其処に辿り着くまでに取っ捕まると安易に想像出来る。こちらとらしがない占い師ですもの。その点森ならば。


己の目にゃ耳にゃ。隠れとる者の姿や気配など分かりはしないが大凡居るだろう事は測り知る事が出来る。忍。と呼ばれる者がおるのだろう。そいつらはやたらとすばしっこいと聞く。それよりも素早いのは同じく後方。半兵衛の半歩後ろに控える者。嗚呼やだやだ。速さ重視で来おったか。

逃げられるか? いや逃げねば。でなきゃ己の旅も此処でお仕舞い。火皿に詰まった刻み煙草をぽとり。地面に落とせば直ぐに土と同化した。雨によって自然に鎮火したのを見送って目の前の大木。その根本にぽっかりと広がる虚に目を向ける。準備は整った。
霧雨が止み、雲の切れ目から月光が入り込む。今宵は満月。忍ぶには不向きな夜。

「既に承知のようだね。僕は君を何としてでも秀吉の元に連れていくよ。」
『…生憎。やらねばならん事があるもんで。これにて御免!』
「っ捕らえろ!」

半兵衛の言葉に駆け出すは俊足の左腕。傘を射したまま何を思うたか眼前の木へ走る女を追う。いっそ一思いに斬り捨ててしまいたいが、尊敬するこの軍師は捕らえよと命じた。ならば己の感情はかなぐり捨ててそれを完遂するまで。
鍛えられてはいないのだろう。女の足は捕らえるには容易く、直ぐに刃の届く範囲に辿り着く。しかし刃は鞘に納めたまんま。大きく振りかぶり、後頭部があるだろう位置へ。

と思いきや。何たること。女は木の根本に開いた大きな虚へと潜り込みおった。袋の鼠。悪足掻きもいいとこだ。余計な手間を取らせおって。どれ、顔に刀の切っ先でも近付けて怖がらせて。引きずり出してやろう。
刀の鞘から。すらり。抜き身にして屈んで虚を覗き込めば。

「…居らん、だと…?」

暗闇でも目を引くあの天色は何処にも居なかった。




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