トリップ編
(占星術士の全国行脚)
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木の下。雨もあまり当たらぬというその場所に身を寄せているというのに傘を射すその、女。人目を避けるかのような行い。しかし特徴的な天色の衣が丸見えだ。抜けておるのか態となのか。検討もつかん。話し掛けてみにゃ。

「やぁ。随分な夜だけど、待ち合わせか何かかな。」
『おや。それを言うならそちらもでしょう。逢い引きと洒落こむにゃ、ちと寒い。こんな晩は熱燗で温まりたいねえ。』
「ああ。それも良いね。どうだい?僕の処で一杯。付き合っておくれよ。」
『まぁ。女を部屋に誘うなんて。誑し込むならもっと別嬪にしとんきんさい。』
「ねぇ。そんなつれない事を言わないで。」

やはり預言者は女だった。声も、喋り方も。何より己で女と言っている。最後は半兵衛の方が女役になっとった気もするがそれはご愛嬌。だけども女は中々振り向いてくれない。話し掛けてる最中、足を動かして重心を変えたりはするんに。せめて顔さえ見れれば。記憶した顔を元に似顔絵を拵えて。もし此処で逃がしてもそれで取っ捕まえるのに。おのれぇ。気持ちも顔も振り向かんとは。

一歩踏み込めばぬかるんだ土に草履が埋まる。今更気に留める事でも。普段ふわりとした半兵衛の髪が水を吸ってその麗しい顔にぺたり。貼り付いた。


背を向けたまま彼女は思う。あんな美人に誘われたらコロッと落ちちまう。と。それに酒の席に誘われたら行きたくもなっちまうが。いやはや。これじゃあどちらが女であるのか。惨めな気持ちにさせられちまうわ。
この眼で見た訳じゃあない。だって六月一日はずっと背を向けとる。じゃあ何で顔が分かんのかって。もう言わなくとも分かるでしょう。眠る時に誰しもが見るやつでちょいと、ね。

湿気と雨粒で火種が消えてしまわんよう気を配りながら。すぅ。吸い込んで吐き出す。揺れ、踊る。煙が目に入ったのかもう一人が声を荒らげた。

「貴様ぁ…っ 半兵衛様の御誘いを断るとはどういう了見だ!」
「三成君。」
「しかし…!……申し訳ございません。」

視線だけで窘めれば出そうになる言葉をぐっと堪え。三成は閉口する。だが納得はしとらん。ぎりぎり。音がしそうな視線が背に刺さる。おっかない。
そうは思う癖に六月一日は笑っておった。とんだ大物だ。この状況を甘く見てるでも吼える三成を笑っておるでもない。ただ純粋に大した忠誠心だと感心したのだ。手前にゃそんな殊勝な心掛け生まれもせん。あれだけ一つの物、否 者を想えるゆうんは羨ましくもあった。

ああなりたいかと問われたら、首を横に振るけども。もう一遍吸い口に口を付けて。煙をふぅと。霧雨に浚われ消えた。

「話の腰を折ってしまってすまないね。…それで、返事を聞かせてもらえるかな?」
『御返事とは。何の事やらとんと思いつきませんな。』
「君は二枚舌なのかい?指定した所にそうして立っているだろうに。」
『ふはは。何、ちょいとした戯れ言ですよ。さて…。それにしても御返事とはねぇ。既にお答えしたと、手前は思っとりますが。』
「一度や二度、袖にされたぐらいでは諦めないよ。出した条件は悪くない筈だ。だからこそ君もこうして会うことにしたんじゃないのか。」

本気で断るつもりなら。こうして夜の森で逢瀬なんざ誘ってこんだろう。振り向きゃせんがこれっぽっちも気持ちが揺らいでない訳ではない。半兵衛はそう見た。もう少ぅし。金と待遇を良くすりゃきっと。心も顔も振り向くだろうて。はてさて一体どんな顔をしとるのか。勿体ぶられたせいで嫌でも期待は膨らむ。いやいやここは期待を裏切られた時の事を考えて。大変な醜女であると思っとこう。
女を顔で決めんなって? 正論ありがとうございます。されど傍に置くならば醜い者より美しい者の方が良かろうて。少なくとも己はそうだ。後は足が綺麗なら尚良し。胸に重点は置いとらん。



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