トリップ編
(占星術士の全国行脚)
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吸い口に唇をつけて。すぅ。ゆるりと煙を吸い込む。この世に存在するどの食べ物にも当てはまらないその味。癖になったのは一体幾つの頃だったか。二十に満たぬ齢であるからこれは許されん行いだけども。まあ人の多い処や公共の場じゃあ控えとるから大目に見たって。飲酒だってそうさ。
それに何も己だけではないでしょうよ。十代で飲酒、喫煙しとるのは。なぁんて。てめえのお行いを正当化しようとする。卑怯ったらありゃしない。今よりもっと若い時分にゃ。己がこんな風になるなんざ考えもせんかった。あの頃はもうちっと夢や希望に溢れて。いないな。気のせいだった。こりゃお恥ずかしい。

此処で付いちまった当たり前。常識。それを向こうに持って帰らんようにしなきゃ。何てったって彼方には法律がある。此方さんのように往来で煙管なんざ吸っとったら。お役人に怒られちまうわ。後一年で堂々と出来るようになるんだ。もう少しの辛抱さ。

『…お前は本当に、我慢強いねえ津々四。見習いたいわ』
「ピィ」

主が我慢なんざしやせんというのにこの鷹ときたら。そうするように指示した訳でも調教した訳でもない。だと言うのに。この津々四は決して、追っ手が付いとる間は六月一日の元に帰ってこんかった。何で知っとるかってまた視たからさ。実は最初から判っとった。けれどどうにも半信半疑で。

だって。つい数日前まで野生だった鳥だぞ。まさか何も言われずに主から敵を遠ざけようとすると誰が信ずる。今でさえこうして宿、屋内に居るんに然程抵抗は無くなっちまった。が半分は野生の時と変わらん。用が無い時ゃ野に放しとるもの。それが、だ。手前は誠に良い拾い物をした。
暗い室内。火の灯る行灯。ゆらゆら。揺れる炎に誘惑されるように羽虫が飛び込み命果てる。じじじ。何て嫌な音。命が一つ尽きおった。炎の揺れ方も一瞬変わる。

手にした津々四と名の書かれた革筒。それに広がる影も炎の動きによって形を変える。幾度となく異なる表情を見せるそれを軽ぅく。親指で一撫で。膳に置かれた二本の徳利と猪口。溢さんよう酒を猪口に注ぐとそっと口を付けた。嗚呼旨い。
己のいた時代ほど製造方法が研ぎ澄まされておらんから色はちぃと濁っとる。んでもって雑味もある。しかしそれがまた良い味を出していて。もうこの味にゃお目に掛かれんだろうなぁ。大吟醸もいいけども。こういうんも堪らん。

注いだ分をぐびり。飲み干して。猪口を膳に戻すと諸小手で口元を拭った。まったく男らしくてやんなるね。そうしてそのまま筒の蓋を開け。入っとる紙を手に取った。しゅるりと広げ並べられる文字に目を通しゃ。

『まーた面倒な事になっちまってまあ』

なぁんて。知ってたけどね。



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