トリップ編
(占星術士の全国行脚)
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「まさか、本当に。」

俄には信じ難い事実が目の前で跪く忍から放たれた。なんてこった。驚きゃするがそれを全面に押し出す真似はせん。敵を前にしとる訳ではないのだ。多少感情を露にした処で。とは思わんのがこの男。竹中半兵衛である。軍師たる者常に冷静でいなければ。忍に下がるよう言えば瞬きの間に姿を消す。素早い事だ。己もどちらかと言うと速い方だとは思うが。やはりそれが専売特許の忍に比ぶれば。

あれらに速さで勝てる者など早々居りは… いや、一人。思い浮かぶ人間がいる。
この豊臣軍に所属する、彼。秀吉を神聖視し、何処までも透き通った瞳を持つ男。歪む事や曲がる事を知らない無垢な人。彼ならば忍の速さにも勝てるだろう。

論点がずれた。戻そう。そう、今考えるべきは忍からの報告内容。この大阪城からも見え、街道も通っている山が昨日の豪雨で土砂崩れが起きたと。しかも最悪な事に街道に土砂が雪崩れ込む形で。思わず手で目元を覆って天を仰ぐ。幸いなのはそれに人が巻き込まれなかった事と事前に辺りを補強しておいたお陰で流れてきた土砂も少なかった事。何もせずにいたならば。土砂が街道下の川に流れ込み水を塞き止め。やがて爆発したように鉄砲水となってこの城下町に被害をもたらしていただろう。

大阪城までは被害は及ばなかろうが、民が。この豊臣軍の軍師としてあるならば民を守る義務がある。チラリ。机の引き出しを見る。何ぞ思うところあるのか。無言のまま引き出しを開けりゃ。小さな丸められた紙が転がり出る。彼女が認めた物。それをそぅっと手に取って広げ。改めて中身に目を通す。
そこにゃご丁寧な挨拶からさらりと豊臣を讃える一文。そして何より重要なんは。

“これより五日後。大雨来る。街道にて土砂崩れが併発。備えられよ”

の部分。署名も何も無いそれにどうした事か。動いてしもうたのは四日前の事。下らない。そう思っとった。なのに。
悪質な悪戯かもしくは他国の策略か。凡そ一日を掛けて近隣諸国の動きを探らせた。だけどもなぁんも出てはこず。この文をぽいと屑籠に捨て去らんかったのは。もしかしたらを考えたからである。わざわざ鷹を使うてまで知らせたんじゃ。思い過ごしであれば良し。しかし何事かが起こって秀吉の顔に泥を塗るのは避けにゃならん。

備えあって憂いなし。街道の中でも重点を置く所と此処で起きたら困るなぁという場所にのみ補強を施した。そうしたらまあお見事。その内の一点が土砂崩れに逢うたと。

「君は一体何者なんだい…?」

これといって癖の無い字。文字や文の書き方がきちんとしとる事から学のある人間と予想はつく。となれば一般庶民は無かろうが。そうして金のある人間。たかだか鳥一羽に名付きの革筒を与えるのだ。財を持っとる者にしか出来なかろうと。もしくは余程の酔狂か。ううん、あらゆる可能性が生まれよる。



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